お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。
“でも…”
そう続けた彼は、遠くを見るような瞳で、そっ、と呟く。
「彼女は、何も不満を口にしなかった。側室といえど、王族に嫁げば家は安泰。もし、王の求婚を断れば家の立場が悪くなる。それを分かって、ただ静かに笑っていた。」
もし自分の立場だったら、私は同じように笑えただろうか。家のため、周りの人のため、好きでもない人のもとに嫁げるだろうか。
「だから俺も、彼女に従ったんだ。自分の気持ちを押し殺してでも、完璧な執事として振る舞った。本当はぶち壊したくてたまらない婚約の準備を進め、彼女と二人で、他の男の前で着飾るためのドレスを選んだ。」
「そんな!あんまりです…!」
「それが執事のあるべき姿なんだよ、ニナ。主の意思に背くようなことはしない。二人が、お嬢様と執事という関係の上にいる以上はね。…ダンには“メル、女心分かってなさすぎ!”とか色々言われてケンカをしたけど。」
きっと、ダンレッドは分かっていたんだ
メルさんの気持ちも、お嬢様の気持ちも。
するとその時。メルさんは、すっと足を組み替え、まつげを伏せた。
「…まぁ、そんな俺の演技も、あの夜、全て無に帰したんだけどね。」
「え…?」
目を見開く私に、メルさんは、さらっ、と爆弾発言を口にする。
「隣国に嫁ぐ前夜。今まで表情一つ変えなかった彼女が、泣いたんだよ。俺が彼女の部屋を出て行こうとした瞬間、今日は帰らないで、って後ろから抱きつかれて。」
「…っ…」
「やられたよね。もう、無理だよあれは。執事だとかそんなのは頭から飛んでた。俺も若かったし。屋敷の使用人は寝静まってたし。目の前はベッドだったし……」