私は視えない。僕は話せない。
 たられば、なんて言ったって仕方がない。
 それまでどうして来たかは確かに大切だが、これからのことを考えているのなら、それを尊重するのは当然のことだ。
 先で考えが変わろうとも、それまでは今の気持ちが確かな道標。
 ちゃんと決めていることを通すのは、至極自然のことなのだ。

『僕は、貴女の意を汲みます。姉のことは全く知らないけど、姉と、何より悩んでいる貴女の言葉を尊重したい』

「――ありがとう」

 再び深々と頭を下げて、母は今度は礼を言った。
 ありがとう、ありがとうと、繰り返し。

 しばらくして顔を上げた母に、僕は『ただ』と書いた紙面を見せた。

『ただ、なまじ知ってしまったからには家族は家族。たまにで良いので、僕にも連絡をください。アドレスは――』

 手早く綴って、千切ったそれを渡す。

『姉にも、いつか会えると嬉しいです。声が出ないから、コミュニケーションを取るのは難しそうですけど』

「いつか――そうね。いつか、あなたにもちゃんと会わせてあげる。せっかく知ってしまったんだものね」

 いつか、とは、いつか。
 いつになろうとも、きっと思うことは同じだ。

 記憶上では一度も喋ったことがない相手。そんな相手に対して話しかけるならば、決まって一言目は『初めまして』なんだろうな。
 相手は目が見えない、僕は言葉が話せない。
 そんな条件で、どうやってそれを示すのかは課題だけど。
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