私は視えない。僕は話せない。
 そうして迎えた冬。
 道を歩いていると、ふと前方に腕を組んで歩く二つの影が見えた。

 特に何とも思うことなく、姉には僕の姿は見えず、母も他人のふりをしろと言っていたのを思い出して、僕は二人の横をそのまま通り過ぎた。

 でも――

「きゃっ…!」

 ふと後方から聞こえた、どすんと人の倒れる音。
 路面が凍っていたから無理はないのだが、ただ――そう。ただ何となく、放っておけなくて、どうにも無視が出来なくて。

――大丈夫ですか?――

 心の中でそう問いかけながら、僕は姉の手を取った。

「おかあさ――じゃない。えっと、あ、ありがとうございます…!」

 どういたしまして。
 口に出来ず、ただその手をぐいと引き上げて立たせる。

「え、っと――」

 口籠る姉。
 どうにかして欲しくて母に視線をおくると、仕方ないなと言わんばかりに小さく溜息。
 
「声が出せない人みたい。志穂を起こしてくれたのは男性よ。あなたより若いわ」

「男性、ですか。すいません、本当にありがとうございます」

 僕は首を振る。
 しかし、彼女には届かない。
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