この人だけは絶対に落とせない
業務内容以外は喋ったことがない柳原に対して随分な口を効いてしまったが、それはそれで良かったのかもしれなかった。
「……何食べます?」
タバコが半分になったところでようやく聞いた。
「あぁ、なんでもいい」
という気持ちなのは分かる。
「じゃあこの、ハンバーグがおススメみたいです」
「ハンバーグ……」
なんでもいいと言ったくせに、柳原は自らメニューを捲り直し、から揚げで。と決める。
「私は、ケーキセットでいいです」
「飯は?」
私もそんな気分ではないので、
「……ダイエット中なんで」
と答える。
「なんのこっちゃ……」
と、疲れた様子で柳原はタバコを挟んだ右手で呼び出しボタンを押して、駆けつけた店員に「ケーキセットとから揚げ定食」と随分無愛想に注文した。
「…………」
しばらくは柳原が口を開くまで黙っていようと思っていたが、意外にも
「……そんなに言い方が悪かったか……」
と反省したように小さな声を出した。
「……その、お2人が仲良さそうな感じはすぐに分かりました」
「どこで」
「……柳原副店長、いつも一人称は私じゃないですか。それが俺って言ったり……」
「それは、東都来てからだよ。私に変えたの。だから、東都以外では俺」
「あそうなんですか…それとか、そうじゃねえのか、とか、そういう言葉は普段使わないので、普段使いの言葉で喋るんだなあと思いました」
「………まあ……確かに……。武之内さんは……昔からの知り合いだから。つい」
そういえば、避妊してくれなかったとか言っていたが、その辺りの事は知っていても答えないだろう。
「……もう一回最初から話してくれないか? さっきの話」
どこも見ずに、ただ煙を飛ばしながら乞う。
丁度そのタイミンクで注文した商品がテーブルに並んだが、柳原は手をつけるつもりはなさそうだった。
対して緋川は、コーヒーくらいいいだろうと、ミルクと砂糖を入れて混ぜる。
「私は、一週間後に本社に行く事が決まっているので、監査の事も知っておきたいと関店長にお願いしたら、武之内副店長についたらいいよと言われたので、付いて資料室に入りました。
武之内副店長が、要項の資料を持って、これに沿って確認をしていくと言い出した最初のところで、お2人は事務室に入ってきました。
私は最初、資料室から武之内副店長が出て行って夫婦の話が聞けるのかと思いましたがまさかそうではなく、シッて……指を立ててきたんで驚いて黙りました」
「………最初から聞くつもりだったってことか……」
「んまあ……そうですね。お2人が入って来たのが分かった瞬間、シッて感じでした。もう息もできなくて苦しかったです」
「………」
今の柳原にはどんな冗談も通じない。まあ、冗談ではない事実だが。
「で、何で俺に言った」
「あぁ……えっと、まあ、その。奥さんは離婚したそうでしたけど、武之内副店長はどうなのか分からない中なんか……柳原副店長が、奥さんをそそのかしてるような気がしたので…。腹が立ちました、すみません」
「………」
さすがに何も返してこない。
「武之内副店長は……どんな感じだった?」
「うーん……表情からは何も読み取れませんでしたけど……」
「離婚しそうだった?」
「え? うーん、でも、あそこでコラって出て行かないってことは、後で奥さんに直接詰め寄るつもりなんだなあとは思いますけど。そういう意味では敵に回したら怖いタイプですね」
と若干笑って言ったが、そういえば、今は敵だった。
「………」
「で、今から何を言うんですか?」
「……今日の昼の事は何か誤解をさせたかもしれないけど違うって」
「何のこと? みたいに、しらーっと言うかもしれませんね」
「いや、言わないと思う」
「………そういうタイプですか……」
「………。緋川は俺に協力してくれてると思って……言うけど」
そういう意味ではあまり味方のつもりはないので、その先は若干聞きたくないなと思う。
「半年くらい前、うちの嫁と何かあったのかと直接家まで来て聞かれた」
「えっ、え゛―ーーー?!!?」
一番聞きたくなかった最悪な話だ。
「断じて何もない!何もないんだよ! その時は、俺は結婚してることを知らなかったし。知らないまま食事に誘われて2人で行った。そしたら武之内副店長と結婚したと聞いて驚いたんだよ!そしたらその後武之内副店長が来て、釘を刺されたから最悪だと思ったんだ」
「確かに……でも、その時から奥さんは柳原副店長を狙ってたということですか?」
「だとしたら、独身の時にそうするだろうよ。むしろ、独身の時は全然そんな気配はなかったよ。それが今になって…ちょっと親身になって話を聞いたら…今日あんな事を言い出すから…」
「あんなことって? どの部分ですか?」
「だから………なんか、離婚したら食事って部分。言ってたろ」
柳原は短くなったタバコに久しぶりに口をつけ、吸い切って捻じ曲げる。
「離婚の相談はあったんですか?」
「……するとかしないとかいうのはずっとあった。東都に来る前から言ってた」
「……なんか、できちゃった婚で流産したという噂は聞いたことがあります」
そこには答えないだろうなと思ったがやはり、
「………色々すれ違いがあったんだろうな。そこは夫婦だから知らんよ」
「………」
「ただ俺は、もう本当にこの話題に入るのだけはごめんだ。ここできちっと武之内副店長の誤解を解いておかないと仕事に影響が出る。確実に」
それにしては少し遅い気もしたが、しないよりはいいはずだ。
「………じゃあなんて言います? 今日は誤解をさせたかもしれないけどって。でも、よくよく考えたら、本当に誤解したかどうかって分からないですよね。私は誤解したけど、あの後1人で出て行ったから、そうだったのかどうかは……」
「………確かに、それは一理ある」
「………」
緋川はそろそろコーヒーが冷めたので、一口飲んだ。口の中が温まり、ほっとする。
柳原も少し落ち着いたのか、味噌汁を一口飲んだ。
ふと目が合う。しかも、相手が逸らさないので、
「な、なんですか?」
「……今日俺に話したことは伏せて、武之内さんがどう思ったかを先に聞いてくれないか?」
「え゛ー!?……まあ、……」
なんでそんな大それたことをと思ったが、確かに、その方は作戦としては合っている。
「それで武之内副店長が何とも思ってない、最初から離婚しようと思ってたとか言ったらそれはそれでいっか」
その方が穏便だ。
「いやでも、結局俺が離婚させたみたいになるなあ…」
「まあ……、引き金はそうでしょうね。……柳原副店長があそこでガツンと迷惑だって言わないから!」
「こっちだって職場でそんな本気で話すと思うかよ! 俺も半分資料見ながらだったし、なんか言ってるなあとは思ったが、あんまりごちゃごちゃそういう話を本気そうに話すなとは思った」
「え゛ー、そんな適当な状態だったんですか? 私はてっきり、2人が真剣に話してるのかと思いました」
「……やめてくれよ、本当に。もう、本当に」
柳原は両手を顔で覆うと、大きく溜息をついた。
「関店長には何も知られてないよな?」
その手をすぐにどけて、柳原は聞いた。
「え? まあ多分。私は言いませんでしたけど」
「あそうか…。武之内副店長が言う可能性があるか…」
「……言います? そんなこと」
「……そりゃあ言う可能性もあるよ。失態、降格の充分対象だ」
「え゛……あそういう……なるほど。そうなると大変ですね」
離婚のことばかりを重点的に見ていたせいで、役職のことなどすっかり頭から飛んでいた。
「ここまで積んで来たのが水の泡だ」
柳原の顔が青くなった気がしたので、これはもう、とことん絡んで助け舟を出すしかない。
「………じゃあ……どうします?」
「……何食べます?」
タバコが半分になったところでようやく聞いた。
「あぁ、なんでもいい」
という気持ちなのは分かる。
「じゃあこの、ハンバーグがおススメみたいです」
「ハンバーグ……」
なんでもいいと言ったくせに、柳原は自らメニューを捲り直し、から揚げで。と決める。
「私は、ケーキセットでいいです」
「飯は?」
私もそんな気分ではないので、
「……ダイエット中なんで」
と答える。
「なんのこっちゃ……」
と、疲れた様子で柳原はタバコを挟んだ右手で呼び出しボタンを押して、駆けつけた店員に「ケーキセットとから揚げ定食」と随分無愛想に注文した。
「…………」
しばらくは柳原が口を開くまで黙っていようと思っていたが、意外にも
「……そんなに言い方が悪かったか……」
と反省したように小さな声を出した。
「……その、お2人が仲良さそうな感じはすぐに分かりました」
「どこで」
「……柳原副店長、いつも一人称は私じゃないですか。それが俺って言ったり……」
「それは、東都来てからだよ。私に変えたの。だから、東都以外では俺」
「あそうなんですか…それとか、そうじゃねえのか、とか、そういう言葉は普段使わないので、普段使いの言葉で喋るんだなあと思いました」
「………まあ……確かに……。武之内さんは……昔からの知り合いだから。つい」
そういえば、避妊してくれなかったとか言っていたが、その辺りの事は知っていても答えないだろう。
「……もう一回最初から話してくれないか? さっきの話」
どこも見ずに、ただ煙を飛ばしながら乞う。
丁度そのタイミンクで注文した商品がテーブルに並んだが、柳原は手をつけるつもりはなさそうだった。
対して緋川は、コーヒーくらいいいだろうと、ミルクと砂糖を入れて混ぜる。
「私は、一週間後に本社に行く事が決まっているので、監査の事も知っておきたいと関店長にお願いしたら、武之内副店長についたらいいよと言われたので、付いて資料室に入りました。
武之内副店長が、要項の資料を持って、これに沿って確認をしていくと言い出した最初のところで、お2人は事務室に入ってきました。
私は最初、資料室から武之内副店長が出て行って夫婦の話が聞けるのかと思いましたがまさかそうではなく、シッて……指を立ててきたんで驚いて黙りました」
「………最初から聞くつもりだったってことか……」
「んまあ……そうですね。お2人が入って来たのが分かった瞬間、シッて感じでした。もう息もできなくて苦しかったです」
「………」
今の柳原にはどんな冗談も通じない。まあ、冗談ではない事実だが。
「で、何で俺に言った」
「あぁ……えっと、まあ、その。奥さんは離婚したそうでしたけど、武之内副店長はどうなのか分からない中なんか……柳原副店長が、奥さんをそそのかしてるような気がしたので…。腹が立ちました、すみません」
「………」
さすがに何も返してこない。
「武之内副店長は……どんな感じだった?」
「うーん……表情からは何も読み取れませんでしたけど……」
「離婚しそうだった?」
「え? うーん、でも、あそこでコラって出て行かないってことは、後で奥さんに直接詰め寄るつもりなんだなあとは思いますけど。そういう意味では敵に回したら怖いタイプですね」
と若干笑って言ったが、そういえば、今は敵だった。
「………」
「で、今から何を言うんですか?」
「……今日の昼の事は何か誤解をさせたかもしれないけど違うって」
「何のこと? みたいに、しらーっと言うかもしれませんね」
「いや、言わないと思う」
「………そういうタイプですか……」
「………。緋川は俺に協力してくれてると思って……言うけど」
そういう意味ではあまり味方のつもりはないので、その先は若干聞きたくないなと思う。
「半年くらい前、うちの嫁と何かあったのかと直接家まで来て聞かれた」
「えっ、え゛―ーーー?!!?」
一番聞きたくなかった最悪な話だ。
「断じて何もない!何もないんだよ! その時は、俺は結婚してることを知らなかったし。知らないまま食事に誘われて2人で行った。そしたら武之内副店長と結婚したと聞いて驚いたんだよ!そしたらその後武之内副店長が来て、釘を刺されたから最悪だと思ったんだ」
「確かに……でも、その時から奥さんは柳原副店長を狙ってたということですか?」
「だとしたら、独身の時にそうするだろうよ。むしろ、独身の時は全然そんな気配はなかったよ。それが今になって…ちょっと親身になって話を聞いたら…今日あんな事を言い出すから…」
「あんなことって? どの部分ですか?」
「だから………なんか、離婚したら食事って部分。言ってたろ」
柳原は短くなったタバコに久しぶりに口をつけ、吸い切って捻じ曲げる。
「離婚の相談はあったんですか?」
「……するとかしないとかいうのはずっとあった。東都に来る前から言ってた」
「……なんか、できちゃった婚で流産したという噂は聞いたことがあります」
そこには答えないだろうなと思ったがやはり、
「………色々すれ違いがあったんだろうな。そこは夫婦だから知らんよ」
「………」
「ただ俺は、もう本当にこの話題に入るのだけはごめんだ。ここできちっと武之内副店長の誤解を解いておかないと仕事に影響が出る。確実に」
それにしては少し遅い気もしたが、しないよりはいいはずだ。
「………じゃあなんて言います? 今日は誤解をさせたかもしれないけどって。でも、よくよく考えたら、本当に誤解したかどうかって分からないですよね。私は誤解したけど、あの後1人で出て行ったから、そうだったのかどうかは……」
「………確かに、それは一理ある」
「………」
緋川はそろそろコーヒーが冷めたので、一口飲んだ。口の中が温まり、ほっとする。
柳原も少し落ち着いたのか、味噌汁を一口飲んだ。
ふと目が合う。しかも、相手が逸らさないので、
「な、なんですか?」
「……今日俺に話したことは伏せて、武之内さんがどう思ったかを先に聞いてくれないか?」
「え゛ー!?……まあ、……」
なんでそんな大それたことをと思ったが、確かに、その方は作戦としては合っている。
「それで武之内副店長が何とも思ってない、最初から離婚しようと思ってたとか言ったらそれはそれでいっか」
その方が穏便だ。
「いやでも、結局俺が離婚させたみたいになるなあ…」
「まあ……、引き金はそうでしょうね。……柳原副店長があそこでガツンと迷惑だって言わないから!」
「こっちだって職場でそんな本気で話すと思うかよ! 俺も半分資料見ながらだったし、なんか言ってるなあとは思ったが、あんまりごちゃごちゃそういう話を本気そうに話すなとは思った」
「え゛ー、そんな適当な状態だったんですか? 私はてっきり、2人が真剣に話してるのかと思いました」
「……やめてくれよ、本当に。もう、本当に」
柳原は両手を顔で覆うと、大きく溜息をついた。
「関店長には何も知られてないよな?」
その手をすぐにどけて、柳原は聞いた。
「え? まあ多分。私は言いませんでしたけど」
「あそうか…。武之内副店長が言う可能性があるか…」
「……言います? そんなこと」
「……そりゃあ言う可能性もあるよ。失態、降格の充分対象だ」
「え゛……あそういう……なるほど。そうなると大変ですね」
離婚のことばかりを重点的に見ていたせいで、役職のことなどすっかり頭から飛んでいた。
「ここまで積んで来たのが水の泡だ」
柳原の顔が青くなった気がしたので、これはもう、とことん絡んで助け舟を出すしかない。
「………じゃあ……どうします?」