この人だけは絶対に落とせない
23時過ぎ。正直、この後どんなお礼をもらっても割には合わないと思うほど、憂鬱な気分だった。
いつもより閉店作業に時間がかかっているようだし、本当に今まで話をしたことがない、しかも冷たそうな武之内に対して、隠し事をしながら深い話をするなど、気が重いことこの上なかった。
まあしかし、どうこじれても自分はもう一週間後にはここにいないのだし。
それだけを頼りに、どう話すかを頭の中で何度も組み立てておく。相手がどう返してくるのか全く分からないだけに、会話パターンも全く予測不能だが、こちらから最初に出す言葉とおおよその流れ、柳原と接触したことだけは触れないようにしておかなければならない。
23時20分。ようやく店内の明かりが消えた。
閉店作業は最後は2人で行うことになっているが、武之内の他の1人が先に駐車場に出て来てから10分後だった。駐車場に停車しているのはハリアーだけだ。
予定通り裏口から出て来た武之内が驚かないように、車から降りる。
「……」
がしかし、少し驚いたのか、彼は無言でこちらを見つめた。
「お疲れ様です。待ち伏せしたりして、すみません」
「……あ、鍵」
あやうく鍵をかけ忘れるくらいやはり驚いたらしい。
「あの……」
「……」
鍵をきちんとかけた武之内はこちらに対して無関心なのか、何も言わずに次の言葉を待つ。
「その、待ち伏せしたりして、すみません」
それはさっき言った。
「その…私、今日の柳原副店長の事が腹が立ちました。だから、今日のこと、聞いてたんですって言って怒ってもいいですか?」
もう既にそれは済んだが、その了承を得たい、という流れが一番いいと考え抜いた結果だった。
「……ふっ……」
若干、笑ったような声が聞こえたので驚いた。まさか、今までファミレスにいたことを見抜かれたりはしてないはず!!
「そっ、その……、その、腹が立ちませんでしたか!? なんかその…私的には、柳原副店長が奥さんをそそのかしてるような気がしました。だから、そういうのやめた方がいいって言った方がいいと思うんです! でも、私が言った方が角が立たないだろうから……と、思うんですが……」
あまりにも相手が何も言わないので、尻すぼみになる。
「緋川が出る幕じゃないよ。これは、夫婦の問題だから」
「……」
ごもっともな答えだ。しかし、それでは結局どうするのか流れがつかめない。
「その……それはそうですけど……」
既に会話パターンの余分はない。
「……武之内副店長、今日……、あそこで出て行かなかった事が不思議でした」
もう思いついたことを言うしかない。
「出て行くタイミングがなかったしね」
嘘つけ!思いっきり隠れてたくせに!
「そ……そうですけど……。私は正直ちょっと何言ってんの!と思いました」
と、絶対内心はそう思ったはずだ。
「……巻き込んで悪かったね」
「………」
そう言われると、もう既に話すことがなくなってしまう。
「……関店長はあの後なんか言ってた?」
ようやく相手から話しかけてくれて、助かる。
「あ……はい……。どうしたの? 何か言われたの? ってすごく慌ててたので、何もありません!って言ったんですけど、そんな雰囲気じゃなかったって言われて……。
武之内さん夫婦の喧嘩……し、修羅場を見てしまいました、と言いました……す、すみません」
「いや、別にいいよ。それも、隠し事をさせて悪かったね」
「………」
逆に謝られると、今の自分の存在に後悔しか浮かばなくなる。
「……緋川はいつから東都にいるんだっけ?」
突然話題が変わったので驚いた。
「え……と、そろそろ4年です」
「すごいな、4年もいるの」
「いえ…」
移り変わりが激しい東都の本店では長い方だ、よく頑張っている方だと自分でも思ってはいるが、直接上からそう言われたのは初めてだったので気恥ずかしいくらい嬉しかった。
「その前は?」
「えっと…入社したのが22で。研修の後は南端、北浦…そこからは3か月置きくらいに西も東も色々行って、24で東都に来ました。あ、だから3年半過ぎくらいですけど」
「それだけ長くいて、どう?」
「どうって……」
そういえば、武之内はここへ来てまだ1か月くらいだ。まだ戸惑う事も多いのかもしれない。
「そうですね、……うーんでも、私はめちゃくちゃ仕事人間ではないので、そういうのはあんまり気にしたことはありませんけど」
「どういう事?」
武之内は若干笑いながら聞いた。そういうタイミングで笑うんだ、と初めて知る。
「その。ここに来るためだけに来た!みたいな人が時々いるんですけど、そういう人ではないので。自然に仕事をしていたらここにいて、自然にここにいるって感じなので。東都への拘りもないし。むしろ、今のアパートのドアがひずんでるんですけど、そのうち引っ越すかもしれないからと思ってるんですけど、もう4年もそのままで。いつまでここにいるのかなあと思ったりはします」
「へえー」
何をそんなに感心したのか、武之内は少し目を見開いて驚いた顔を見せた。
「だから…東都がどう? と聞かれても他との違いは監査の数とかそういうこと以外であんまり見出せません。ブランド力とか言うけど、それは拘っている人がそう言ってて、拘っている人が結構多いのかなあとは思います」
「なんか、新鮮だなあ」
思いがけない一言だったので、緋川は逆に驚いた。
「新鮮、ですか? そういう人もいるとは思いますけど」
「いや……正直僕もここへ来たかったというのが心の中にはずっとあったからね。ここへ来た時は嬉しかったし、大半がそうだと思ってた。
だからそうじゃない人の意見を聞いたことがなかったから……。なるほど」
感心のツボに緋川は思わず笑った。
「そんな……。でも、結局それが良かったのかどうかは分かりませんけど」
「いや、良かったんだと思うよ。だから本社に上がれるんだ」
急に自分の行き先を思い出した。
「いや……でも、私は正直内示を聞いた時、私、何かしたかなと思いました」
武之内が随分気持ちを明かしてくれたので、こちらもつい口が滑る。
「何かするとは?」
「だって……私の中ではその、湊部長のことが衝撃的だって、その後自分も同じところに行くだなんて……みんなに大変だねって言われるし、私も大変だと思うし。でも、関店長に、周りとの協調性も大事だけど、庶務の仕事をしに行くんだからって言われて…」
酷い言いようだと自分でも思い、途中で話すのをやめた。
「湊部長のことは、緋川には関係ないんじゃない? でしょ」
「……そうですね……」
そうなんだけど。
「あー、私もほんと気が重いです。そうだ。もう一週間ないんだ……」
「はは、俺で良かったらまた話聞くよ」
思いもよらない一言が降って来て、驚いてその平たい頬を見上げた。
「僕も元は違う畑から来てるからね」
「あ、そうなんですか」
「うん、新卒で入社したのは附和物産の営業。それで色々あってリバティの営業に入った後、たまたま知り合いに引き抜かれてここへ来て」
「えー? じゃあ本社的なこともしてたんですか?」
「まあそれに近いけど。でもそれはあんまり面白くないと感じてたから、まずは現場に出させて欲しいってお願いしたら、まあまあで」
「あ、そうだったんですか……」
「だから、ここは若い人ばかりだから、焦るよ」
確かに、35は過ぎているように思う。そうか…他の会社から来て、上がって行く人も多いが、確かにその年なら納得がいく。
「そうですね…鹿谷副店長なんかすごいですしね」
「うん……そう思う」
若干嫉妬心のようなものが見えた気がした。確かに、年齢は10近く離れているはずだ。
「でも、鹿谷副店長は、本社に楯突いたから上に上がれないって噂です」
「嘘!?」
武之内は随分驚いて、怖いくらいに表情を歪ませた。
「……と、いう噂ですけど……。詳しくは知らないですけど……。でもそれは、湊部長がいた時の話だから、違ってくる可能性はありますけど。……それが、本当なら、の話ですけど」
「どこから聞いた?」
随分食いついてくる。
「えっとぉ……。それは言えませんけど、東都の人です」
200人の中の誰かは絶対に分からないはずだ。
「……そんな……噂が」
「……だからそれが本当だったら嫌ですよね。本社に行くのが。一体どんな所なんだろうって思います」
「………」
武之内は突然黙り込んだ。同じ身分の者の裏事情を知ってショックを受けたのかもしれない。
「あ…なんか余計なこと言いましたね…。でも、あくまでも噂だし、私も信じてるわけじゃないですから。……鹿谷副店長が聞いたら一番ショックだとは思いますけど」
「……あぁ……誰でもそうだよ」
しまった。本人じゃなくても随分衝撃を受けている。
「男の人はそうなのかなあ…私はあんまり上とか下とか考えたことないから。中津川副部門長みたいになりたいとは思いますけど」
「…………自然だな……緋川は」
声が随分沈んで聞こえたので、逆にこちらがテンションを上げる。
「……仕事への向上心がないのかもしれませんけど。うーん、かといって結婚したい!と強く思ってるわけでもないし。なんか一日一日時間を無駄にしてる気がしますね」
いや、今日の一日は随分濃厚で一分も無駄にした気はしなかったが。
「休みの日は?」
「え、……何もしてないです」
笑って答えたが、武之内は無表情で。嘘でも料理とか掃除と答えた方が良かったか。
「商品勉強とかはどうしてる?」
「うーん、勉強会は行きたい時とか都合が合ったら行きますけど。これといって」
「いや、その割には売ってる方だと思う。こっちから見たら、仕事熱心さがうかがえるよ」
「それは良かったです」
緋川は笑って即答した。
「……勉強になるよ。その生き方」
「え、何を」
わりと真剣に話す武之内に、笑わなければいけない感が漂う。
「……随分話したな。もう45分だ。帰ろう。遅くなる。ってもう遅いけど」
腕時計を確認した武之内は1人先に足を出す。緋川もそれに続いた。
「随分息抜きになった」
すぐ側に停めてあった緋川の車の運転席の横に立った武之内は暗がりの中そう言った。
「あ……なんか、待ち伏せして、すみませんでした」
3回目だ。
「いや……。また話そう。相談相手になってほしいよ」
半分笑っているが、驚いて、
「そんなまさか、私の方が相談したいくらいですよ!」
どちらかといえば、元本社の経験がある関の方に相談したい気がするが、そう言った方が綺麗に納まる。
「じゃあ……また。お疲れ様でした」
「………そうだな、今日はお疲れ様。悪かったな遅くまで付き合わせて。気を付けて帰れよ」
「はい、それじゃあ。お疲れ様でした」
いつもより閉店作業に時間がかかっているようだし、本当に今まで話をしたことがない、しかも冷たそうな武之内に対して、隠し事をしながら深い話をするなど、気が重いことこの上なかった。
まあしかし、どうこじれても自分はもう一週間後にはここにいないのだし。
それだけを頼りに、どう話すかを頭の中で何度も組み立てておく。相手がどう返してくるのか全く分からないだけに、会話パターンも全く予測不能だが、こちらから最初に出す言葉とおおよその流れ、柳原と接触したことだけは触れないようにしておかなければならない。
23時20分。ようやく店内の明かりが消えた。
閉店作業は最後は2人で行うことになっているが、武之内の他の1人が先に駐車場に出て来てから10分後だった。駐車場に停車しているのはハリアーだけだ。
予定通り裏口から出て来た武之内が驚かないように、車から降りる。
「……」
がしかし、少し驚いたのか、彼は無言でこちらを見つめた。
「お疲れ様です。待ち伏せしたりして、すみません」
「……あ、鍵」
あやうく鍵をかけ忘れるくらいやはり驚いたらしい。
「あの……」
「……」
鍵をきちんとかけた武之内はこちらに対して無関心なのか、何も言わずに次の言葉を待つ。
「その、待ち伏せしたりして、すみません」
それはさっき言った。
「その…私、今日の柳原副店長の事が腹が立ちました。だから、今日のこと、聞いてたんですって言って怒ってもいいですか?」
もう既にそれは済んだが、その了承を得たい、という流れが一番いいと考え抜いた結果だった。
「……ふっ……」
若干、笑ったような声が聞こえたので驚いた。まさか、今までファミレスにいたことを見抜かれたりはしてないはず!!
「そっ、その……、その、腹が立ちませんでしたか!? なんかその…私的には、柳原副店長が奥さんをそそのかしてるような気がしました。だから、そういうのやめた方がいいって言った方がいいと思うんです! でも、私が言った方が角が立たないだろうから……と、思うんですが……」
あまりにも相手が何も言わないので、尻すぼみになる。
「緋川が出る幕じゃないよ。これは、夫婦の問題だから」
「……」
ごもっともな答えだ。しかし、それでは結局どうするのか流れがつかめない。
「その……それはそうですけど……」
既に会話パターンの余分はない。
「……武之内副店長、今日……、あそこで出て行かなかった事が不思議でした」
もう思いついたことを言うしかない。
「出て行くタイミングがなかったしね」
嘘つけ!思いっきり隠れてたくせに!
「そ……そうですけど……。私は正直ちょっと何言ってんの!と思いました」
と、絶対内心はそう思ったはずだ。
「……巻き込んで悪かったね」
「………」
そう言われると、もう既に話すことがなくなってしまう。
「……関店長はあの後なんか言ってた?」
ようやく相手から話しかけてくれて、助かる。
「あ……はい……。どうしたの? 何か言われたの? ってすごく慌ててたので、何もありません!って言ったんですけど、そんな雰囲気じゃなかったって言われて……。
武之内さん夫婦の喧嘩……し、修羅場を見てしまいました、と言いました……す、すみません」
「いや、別にいいよ。それも、隠し事をさせて悪かったね」
「………」
逆に謝られると、今の自分の存在に後悔しか浮かばなくなる。
「……緋川はいつから東都にいるんだっけ?」
突然話題が変わったので驚いた。
「え……と、そろそろ4年です」
「すごいな、4年もいるの」
「いえ…」
移り変わりが激しい東都の本店では長い方だ、よく頑張っている方だと自分でも思ってはいるが、直接上からそう言われたのは初めてだったので気恥ずかしいくらい嬉しかった。
「その前は?」
「えっと…入社したのが22で。研修の後は南端、北浦…そこからは3か月置きくらいに西も東も色々行って、24で東都に来ました。あ、だから3年半過ぎくらいですけど」
「それだけ長くいて、どう?」
「どうって……」
そういえば、武之内はここへ来てまだ1か月くらいだ。まだ戸惑う事も多いのかもしれない。
「そうですね、……うーんでも、私はめちゃくちゃ仕事人間ではないので、そういうのはあんまり気にしたことはありませんけど」
「どういう事?」
武之内は若干笑いながら聞いた。そういうタイミングで笑うんだ、と初めて知る。
「その。ここに来るためだけに来た!みたいな人が時々いるんですけど、そういう人ではないので。自然に仕事をしていたらここにいて、自然にここにいるって感じなので。東都への拘りもないし。むしろ、今のアパートのドアがひずんでるんですけど、そのうち引っ越すかもしれないからと思ってるんですけど、もう4年もそのままで。いつまでここにいるのかなあと思ったりはします」
「へえー」
何をそんなに感心したのか、武之内は少し目を見開いて驚いた顔を見せた。
「だから…東都がどう? と聞かれても他との違いは監査の数とかそういうこと以外であんまり見出せません。ブランド力とか言うけど、それは拘っている人がそう言ってて、拘っている人が結構多いのかなあとは思います」
「なんか、新鮮だなあ」
思いがけない一言だったので、緋川は逆に驚いた。
「新鮮、ですか? そういう人もいるとは思いますけど」
「いや……正直僕もここへ来たかったというのが心の中にはずっとあったからね。ここへ来た時は嬉しかったし、大半がそうだと思ってた。
だからそうじゃない人の意見を聞いたことがなかったから……。なるほど」
感心のツボに緋川は思わず笑った。
「そんな……。でも、結局それが良かったのかどうかは分かりませんけど」
「いや、良かったんだと思うよ。だから本社に上がれるんだ」
急に自分の行き先を思い出した。
「いや……でも、私は正直内示を聞いた時、私、何かしたかなと思いました」
武之内が随分気持ちを明かしてくれたので、こちらもつい口が滑る。
「何かするとは?」
「だって……私の中ではその、湊部長のことが衝撃的だって、その後自分も同じところに行くだなんて……みんなに大変だねって言われるし、私も大変だと思うし。でも、関店長に、周りとの協調性も大事だけど、庶務の仕事をしに行くんだからって言われて…」
酷い言いようだと自分でも思い、途中で話すのをやめた。
「湊部長のことは、緋川には関係ないんじゃない? でしょ」
「……そうですね……」
そうなんだけど。
「あー、私もほんと気が重いです。そうだ。もう一週間ないんだ……」
「はは、俺で良かったらまた話聞くよ」
思いもよらない一言が降って来て、驚いてその平たい頬を見上げた。
「僕も元は違う畑から来てるからね」
「あ、そうなんですか」
「うん、新卒で入社したのは附和物産の営業。それで色々あってリバティの営業に入った後、たまたま知り合いに引き抜かれてここへ来て」
「えー? じゃあ本社的なこともしてたんですか?」
「まあそれに近いけど。でもそれはあんまり面白くないと感じてたから、まずは現場に出させて欲しいってお願いしたら、まあまあで」
「あ、そうだったんですか……」
「だから、ここは若い人ばかりだから、焦るよ」
確かに、35は過ぎているように思う。そうか…他の会社から来て、上がって行く人も多いが、確かにその年なら納得がいく。
「そうですね…鹿谷副店長なんかすごいですしね」
「うん……そう思う」
若干嫉妬心のようなものが見えた気がした。確かに、年齢は10近く離れているはずだ。
「でも、鹿谷副店長は、本社に楯突いたから上に上がれないって噂です」
「嘘!?」
武之内は随分驚いて、怖いくらいに表情を歪ませた。
「……と、いう噂ですけど……。詳しくは知らないですけど……。でもそれは、湊部長がいた時の話だから、違ってくる可能性はありますけど。……それが、本当なら、の話ですけど」
「どこから聞いた?」
随分食いついてくる。
「えっとぉ……。それは言えませんけど、東都の人です」
200人の中の誰かは絶対に分からないはずだ。
「……そんな……噂が」
「……だからそれが本当だったら嫌ですよね。本社に行くのが。一体どんな所なんだろうって思います」
「………」
武之内は突然黙り込んだ。同じ身分の者の裏事情を知ってショックを受けたのかもしれない。
「あ…なんか余計なこと言いましたね…。でも、あくまでも噂だし、私も信じてるわけじゃないですから。……鹿谷副店長が聞いたら一番ショックだとは思いますけど」
「……あぁ……誰でもそうだよ」
しまった。本人じゃなくても随分衝撃を受けている。
「男の人はそうなのかなあ…私はあんまり上とか下とか考えたことないから。中津川副部門長みたいになりたいとは思いますけど」
「…………自然だな……緋川は」
声が随分沈んで聞こえたので、逆にこちらがテンションを上げる。
「……仕事への向上心がないのかもしれませんけど。うーん、かといって結婚したい!と強く思ってるわけでもないし。なんか一日一日時間を無駄にしてる気がしますね」
いや、今日の一日は随分濃厚で一分も無駄にした気はしなかったが。
「休みの日は?」
「え、……何もしてないです」
笑って答えたが、武之内は無表情で。嘘でも料理とか掃除と答えた方が良かったか。
「商品勉強とかはどうしてる?」
「うーん、勉強会は行きたい時とか都合が合ったら行きますけど。これといって」
「いや、その割には売ってる方だと思う。こっちから見たら、仕事熱心さがうかがえるよ」
「それは良かったです」
緋川は笑って即答した。
「……勉強になるよ。その生き方」
「え、何を」
わりと真剣に話す武之内に、笑わなければいけない感が漂う。
「……随分話したな。もう45分だ。帰ろう。遅くなる。ってもう遅いけど」
腕時計を確認した武之内は1人先に足を出す。緋川もそれに続いた。
「随分息抜きになった」
すぐ側に停めてあった緋川の車の運転席の横に立った武之内は暗がりの中そう言った。
「あ……なんか、待ち伏せして、すみませんでした」
3回目だ。
「いや……。また話そう。相談相手になってほしいよ」
半分笑っているが、驚いて、
「そんなまさか、私の方が相談したいくらいですよ!」
どちらかといえば、元本社の経験がある関の方に相談したい気がするが、そう言った方が綺麗に納まる。
「じゃあ……また。お疲れ様でした」
「………そうだな、今日はお疲れ様。悪かったな遅くまで付き合わせて。気を付けて帰れよ」
「はい、それじゃあ。お疲れ様でした」