この人だけは絶対に落とせない
9月
「ふう……」
内示から1週間。辞令から5日。
急遽本社庶務課に呼ばれた緋川 貴美は、息を吐いてから、ドアを開ける。
「お疲れ様です」
大き目の声を出したつもりだが、見たのはただの数人で。こちらを見ていない者はそのまま「お疲れ様でーす」と流している。
注目を浴びると思っていた緋川は逆に不安になりながら、わざわざ出向いてくれる課長に「あっ、今日からお世話になりますっ、緋川です!」と頭を下げた。
「こっち、こっち」
と、挨拶もせずそのまま部屋を出て行く。
「……」
こっち、とはこっちへ来いということだろうと、そのまま廊下を歩いていく。
「こっちね、緋川さんは」
「あっ、すみません…」
部屋を間違えたのかと思ったが、庶務課というプレートは確かめたはずだ。あれ? …辞令見間違えたっけ!?!?
「ここで待っててね。登(のぼる)さんが来るから」
「あ、っはい、ありがとうございます!」
のぼるさん?
登というのは、湊営業部長だった時、部長代理だったまだ若い男性社員だ。湊が落ちた途端、登営業部長として始動しているが、始動するのは同じ今日からのはずだ。
緋川は、息を整えてから、ドアをノックする。だが、返事はない。プレートも出ていないので、余った部屋で待っていろということなのかと、そのままドアを開ける。
予想通り、誰もいない。
電気をつけ、中へ入ったところで、後ろから、
「お疲れ様です」
と、今しがた噂になった登が入ってきた。
「おっ…疲れ様です」
おそらく、挨拶以外で初めて話をすると思う。
「庶務課の課長が案内してくれた?」
「あ、はい」
どうやら想定内の行動だったようだ。
「そう……なんだけどね」
登は言いながら、腕時計を見る。
「適当に座って。全員揃ってからにしよう」
何時にどういう約束になっているのかは知らないが、壁の掛け時計は午前8時25分である。30分の定時に……誰が来るんだろう。
全員……ということは、何人来るんだろう。
緋川は一番前の一番入口近い端のパイプ椅子に腰かけ、目の前の長机の上にバックを置いた。
「おはようございます」
すぐに姿を見せたのは、湊部長、もとい、湊であった。
「おはようございます」
緋川は顔も見ずに深く頭を下げて挨拶する。
「あと2人」
言う間に、細身でまだ若そうでいて、なんとなく皮肉そうな男性1人が先に入り、緋川は挨拶をする。その時、湊が真正面の真ん前に腰かけたのを確認した。
「おはようございます」
次は女性。随分若い。しかもオシャレ、しかも、美人。一気に気が重くなる。
自分が着ているようなリクルートスーツではない。本社の、いかにもキャリアウーマン。
細身で背が高いがそれを綺麗にカバーする低いパンプスに、裾が広い7分丈パンツ。全身を紺色でまとめている。
目が合うと微笑んでくれる。その長い睫は印象的で、パッチリ二重と、綺麗に編み込んだロングヘアの最後は白く上品なブローチのような髪飾りでまとめられている。完璧だ。
「はい、全員揃いました」
女性は右隣に腰かけてくれる。
これで、全員。
湊の後ろに腰かけたもう1人の皮肉そうな男性は30くらいだろうか。前に乗り出して背を丸め、じっと登を見つめている。なんとなく攻撃的な感じだ。
4人はこぢんまりした小隊となって、登を見上げた。
「全員、庶務課配属、ということにさせてもらいました」
登は切り出したが、いきなり意味が分からなかった。
「ということにした、というのは理由があって、人事というのは、店の皆の注意を引きます。なので、混乱を抑えるために、新部署誕生は1か月後に発表されます」
最初から、店舗と本社の線引きを知り、全身引き締まる思いだった。
視界に入る女性やその奥の湊の横顔から、周りは内容を予め知らされていたのは間違いなさそうだ。
「ことに、緋川は」
もう呼び捨てだ。
「店舗から来たばかりなので詳しく説明すると、今、各店を回るFPチームは名前の通り、店ではやりきれない業務作業をフォローアップし、梅田代理を中心に動いています。
営業部代理でありながら、各店を回るやり方は今後考えるとして、しかし、今や梅田代理りチームは会社になってかなり重要な存在になったため、このまま回り続けてもらうつもりです」
緋川は目が合っているので、仕方なく頷いた。
「で、FPチームというのは、元々は営業部と連携していたのですが、いつからか梅田代理自らが歯車を回し、独自で各店から連絡要請を受け、経営を立てて行くいわば、独立したチームになりました。
もちろん、それはそのまま残したい。
しかし、営業部は営業部で、営業のために回るチームが必要なんです」
そこまで言われて、初めて緋川はピンときた。
「そのために集められたのがこのメンバーです。FPチームに比べると随分少人数ですが、作業中心ではなく、社員指導をするto teachから取り、TTチームとして始動していきます」
し、社員の指導って……。
突然思いもよらないプロジェクトをふっかけられた緋川は戸惑った。
無言で耐えるのが精一杯である。
「緋川貴美課長」
「………」
目はしっかり合っている。だが、返事ができなかった。
「緋川貴美課長」
もう一度呼ばれて、
「……はい」
名前はそうだが、その課長というのは一体……。
「みんなを束ねるのが緋川、あなたの役目です」
「ふう……」
内示から1週間。辞令から5日。
急遽本社庶務課に呼ばれた緋川 貴美は、息を吐いてから、ドアを開ける。
「お疲れ様です」
大き目の声を出したつもりだが、見たのはただの数人で。こちらを見ていない者はそのまま「お疲れ様でーす」と流している。
注目を浴びると思っていた緋川は逆に不安になりながら、わざわざ出向いてくれる課長に「あっ、今日からお世話になりますっ、緋川です!」と頭を下げた。
「こっち、こっち」
と、挨拶もせずそのまま部屋を出て行く。
「……」
こっち、とはこっちへ来いということだろうと、そのまま廊下を歩いていく。
「こっちね、緋川さんは」
「あっ、すみません…」
部屋を間違えたのかと思ったが、庶務課というプレートは確かめたはずだ。あれ? …辞令見間違えたっけ!?!?
「ここで待っててね。登(のぼる)さんが来るから」
「あ、っはい、ありがとうございます!」
のぼるさん?
登というのは、湊営業部長だった時、部長代理だったまだ若い男性社員だ。湊が落ちた途端、登営業部長として始動しているが、始動するのは同じ今日からのはずだ。
緋川は、息を整えてから、ドアをノックする。だが、返事はない。プレートも出ていないので、余った部屋で待っていろということなのかと、そのままドアを開ける。
予想通り、誰もいない。
電気をつけ、中へ入ったところで、後ろから、
「お疲れ様です」
と、今しがた噂になった登が入ってきた。
「おっ…疲れ様です」
おそらく、挨拶以外で初めて話をすると思う。
「庶務課の課長が案内してくれた?」
「あ、はい」
どうやら想定内の行動だったようだ。
「そう……なんだけどね」
登は言いながら、腕時計を見る。
「適当に座って。全員揃ってからにしよう」
何時にどういう約束になっているのかは知らないが、壁の掛け時計は午前8時25分である。30分の定時に……誰が来るんだろう。
全員……ということは、何人来るんだろう。
緋川は一番前の一番入口近い端のパイプ椅子に腰かけ、目の前の長机の上にバックを置いた。
「おはようございます」
すぐに姿を見せたのは、湊部長、もとい、湊であった。
「おはようございます」
緋川は顔も見ずに深く頭を下げて挨拶する。
「あと2人」
言う間に、細身でまだ若そうでいて、なんとなく皮肉そうな男性1人が先に入り、緋川は挨拶をする。その時、湊が真正面の真ん前に腰かけたのを確認した。
「おはようございます」
次は女性。随分若い。しかもオシャレ、しかも、美人。一気に気が重くなる。
自分が着ているようなリクルートスーツではない。本社の、いかにもキャリアウーマン。
細身で背が高いがそれを綺麗にカバーする低いパンプスに、裾が広い7分丈パンツ。全身を紺色でまとめている。
目が合うと微笑んでくれる。その長い睫は印象的で、パッチリ二重と、綺麗に編み込んだロングヘアの最後は白く上品なブローチのような髪飾りでまとめられている。完璧だ。
「はい、全員揃いました」
女性は右隣に腰かけてくれる。
これで、全員。
湊の後ろに腰かけたもう1人の皮肉そうな男性は30くらいだろうか。前に乗り出して背を丸め、じっと登を見つめている。なんとなく攻撃的な感じだ。
4人はこぢんまりした小隊となって、登を見上げた。
「全員、庶務課配属、ということにさせてもらいました」
登は切り出したが、いきなり意味が分からなかった。
「ということにした、というのは理由があって、人事というのは、店の皆の注意を引きます。なので、混乱を抑えるために、新部署誕生は1か月後に発表されます」
最初から、店舗と本社の線引きを知り、全身引き締まる思いだった。
視界に入る女性やその奥の湊の横顔から、周りは内容を予め知らされていたのは間違いなさそうだ。
「ことに、緋川は」
もう呼び捨てだ。
「店舗から来たばかりなので詳しく説明すると、今、各店を回るFPチームは名前の通り、店ではやりきれない業務作業をフォローアップし、梅田代理を中心に動いています。
営業部代理でありながら、各店を回るやり方は今後考えるとして、しかし、今や梅田代理りチームは会社になってかなり重要な存在になったため、このまま回り続けてもらうつもりです」
緋川は目が合っているので、仕方なく頷いた。
「で、FPチームというのは、元々は営業部と連携していたのですが、いつからか梅田代理自らが歯車を回し、独自で各店から連絡要請を受け、経営を立てて行くいわば、独立したチームになりました。
もちろん、それはそのまま残したい。
しかし、営業部は営業部で、営業のために回るチームが必要なんです」
そこまで言われて、初めて緋川はピンときた。
「そのために集められたのがこのメンバーです。FPチームに比べると随分少人数ですが、作業中心ではなく、社員指導をするto teachから取り、TTチームとして始動していきます」
し、社員の指導って……。
突然思いもよらないプロジェクトをふっかけられた緋川は戸惑った。
無言で耐えるのが精一杯である。
「緋川貴美課長」
「………」
目はしっかり合っている。だが、返事ができなかった。
「緋川貴美課長」
もう一度呼ばれて、
「……はい」
名前はそうだが、その課長というのは一体……。
「みんなを束ねるのが緋川、あなたの役目です」