この人だけは絶対に落とせない
翌日、昨晩眠れなかったせいで頭痛が止まない久川は、それでももちろん定時の朝一に出社し、昨日の事で根にもった関のシフトを確認しようとしたところで、背後から本人に
「おはようございまーす」
と、呑気に挨拶され、不本意に睨んでしまう。
「……、何?」
さすがに怪訝な顔をされた。
「……今日、時間作ってもらいたいんですけど」
勢いで言う。
「……用件は?」
関は持って来たバックを端に置き、副店長が主に使うパソコンを立ち上げながら片手間で聞く。
店長には店長室があり、店長用パソコンもあるのだが、監視のためなのか朝一で来た時は必ず事務室で事務室用のパソコンで作業する、というのが関のやり方でそれは誰にも好印象に映っていたが、今はそれすら鬱陶しい。
「僕の……仕事について」
出来ているつもりだが。
「一生懸命やってるんじゃないの?」
こちらを見ない関がどんな顔をしているのか全く読めず、何が正解なのかもわからない。
「やっては、います……」
「ならいんじゃない? 僕は今のところ特にアドバイスを持ち合わせてはないけど」
やっぱり、仕事はちゃんとできていた!その嬉しさでいっぱいになる。
「はい!」
なんだ、やっぱりそうだ。俺はちゃんと出来ている!
「……随分嬉しそうだね……」
関はパソコンを見ながら、呟く。
「え……まあ…ちょっと不安が過ったので…」
「どんな?」
まあそれは、眞依が色々言うからできてない部分があるかもと思っただけで…。
「いや、どんなでもないですけど」
「どんな?」
しつこく聞いてくる。
「なんでもないです」
「あそう…」
相変わらずつかめない人だな。そう思いながら、久川は隣で並んでいるもう一台のパソコンを立ち上げる。
「昨日、桜井さんと話したそうですね」
仕事に文句を言われないと分かってから、堂々と切り出した。
「ああ、帰りね」
「……僕は結婚しようと思います」
どんな反応を見せるかと思ったが、関はこちらを見て、普通に
「おめでとう」
そしてまた、画面に顔を戻してしまう。
眞依のことをどうとも思っているわけではなさそうだ。
「関店長は、社内恋愛がダメだと考えているわけではないんですよね?」
なら、ここを潰しておかないと、眞依と話し合いができなくなる。と思って、思いのままを吐きだしたが…。
「……社内恋愛がダメだと考えているわけではないけど、朝の今の時間にその話を持ち出すことが、部門長のすることかとは思うけどね。はい、君が今しなきゃいけないこと、僕が代わりにしたよ」
プリンターが音を立てて響き、印刷物がどんどん出て来る。
それに見入っていた久川は、関がこちらを向いて、ようやく口を開いたことに固まった。
「僕は結婚も恋愛もそれは本人の自由だし、プライベートだし、将来のことだから大切なことだとは思う。
だけれども、それを今ここで話されるのは迷惑だ。
ここへは、仕事をしに来るように」
「………」
言い返す言葉が見つからない。
身体をなんとかパソコンの前に向け、作業を開始しようとする。
だが関が、パソコンの隣の端に、2枚の紙を置いたのが目に入り、身体が止まった。
「………これ、は……」
つい、手を伸ばした。
来月のシフトがカウンター以外は全て入力された状態で印刷されている。その下には、カレンダーにカウンターの数名の名前が書かれている紙もあった。
「シフト」
関はこちらを見ようともしない。
「カウンターはカウンターで作ってもらってる」
それは知っている。
「今まではカウンターだけのシフトを任せてたけど、桜井が全体図を見ながらカウンターも仕上げたいっていうからそれに合わせただけ。まあ、売り場もまだ仮り組みなんだけどないよりマシかと思って」
「………」
俺は、一生懸命仕事を頑張っている……?
「あの、もし俺がシフトを、AV部門のシフトを任せてもらえるんだったら……」
言わずにはいられなかった。でも、言えば通ると思った。
「任せられないよ」
関はわけがない、と言いたげに若干鼻で笑った。
「君はAV部門の中の何を見てそう言ってるの?」
「……」
返す言葉がない。
「提案はよく考えてから言って下さい」
話をぶち切るように、関は立ち上がる。
1人、事務室に残された久川は、しなければいけない業務も忘れて、ただしばらく呆然と画面を見つめる。もう一度シフトを見たいと思ったが、既にそこにはなく、関が持って出て行ったことに随分後になってから気付いた。