この人だけは絶対に落とせない
仕事をしながら重要書類閲覧室での会話を何度もトレースする。
あれだけあっさり人の心に入り込むことができるのなら、みんないろんな相談もするし、役職より個人を大事にするわな、と既に納得がいった。
上機嫌で定時で上がった市瀬と、同じく定時で上がった桜井は、特に何の連絡もせずその店目指してお互い向かい合った。
とりあえず、着替える。焼き鳥だし、近くだし、めかし込んではいけないので、黒のセーターにジーパンというこの上なくラフなスタイルで臨むことにした。しかし、靴くらいは、とベージュのハイヒールにする。
酒はあまり飲まないが、いつも酔わない程度だし。
こうやって上司と酒も食事も共にしたことがない桜井だったが、市瀬は上司らしさを全く感じず、柊らと食事に行くのとなんら変わりがなかった。
店の引き戸を開ける。
「おお!」
奥の座敷席で市瀬が手を振るのが見えた。そこに真っ直ぐ進む。
「来なかったらどうしようかと思ったよ」
靴を脱ぎながら、
「え?」
と笑う。
「いや、連絡先知らないし。俺より先に上がったはずなのになあって」
「ああ、すみません。着替えてたので」
話せば話すほど、落ち着いてくる。
これを好きという感情かもしれない、と思っていたが、どうやら違うようだ。
若干安心しつつ、ビールを頼む。
「待ち切れずに先に飲んでごめん、ごめん」
既にビールは半分までに減って、焼き鳥も数本食べている。
「いえ、全然大丈夫です」
こちらも、気がねせず、その姿を見つめた。
「今日さ」
「はい」
飲みながら、食べながら、何にも遠慮なく話しをしてくる。
「あそこで話しかけられたからびっくりして」
「え? 重要資料閲覧室…のことですか?」
「うんそう」
市瀬は笑った。
「なんで、ですか?」
ビールがすぐに来たので、とりあえず乾杯してから飲む。
「いや、あそこは私語禁止の雰囲気だから。禁止とは決まってないけどね。なんか、前もあったじゃん。三好に飯誘われて俺が断ったやつ」
「ああー」
そういえばそうだ、そうか…あの場所は役職者が静かにいるので話しかけるのにぴったりの場所なんだ。
自身になってようやく気付いたことだった。
「だから、まさかあそこで桜井に誘われると思わなくて」
「……」
最悪だ。そう言われると、最悪だった。
「………」
仕事以外のことを探して、仕事に絡めてはいけないという難しさを感じる。
「え? いや、そんな…俺、変なこと言った?」
「いや、言ってません……」
それを、聞こう。
「市瀬副店長は休みの日って何してるんですか?」
「寝てる」
酒が入ったから、ある程度聞いてもいいだろう。
「ずっとですか? いつの休みもですか?」
「うーん、そりゃ、買い物も掃除も洗濯もするけど。料理もできるけど、面倒だからほとんどやらないし」
「買い物も、掃除も洗濯もしてるんですか?」
結婚しているのかどうか、読み切れなくて、聞く。
「うん、独りだからね、俺」
いともあっさりと市瀬は言い放った。
「……、独り暮らしなんですか?」
表情がどのように変化するのか、見つめながら聞く。
「うん、独身。じゃなかったらここ、来ないでしょ」
市瀬はあっさりと笑って、
「知らなかったの?」
逆に聞いてきた。
「いや、そうらしいということは知ってましたけど…」
「えー。それ確認してから誘いなよ。危ないよ」
はた、と神条のことを思い出した。そうか…そういうことが危なさに繋がるのかもしれない。
「いやでも、私、上司の人と2人で来たのって初めてです。男の人と2人っていうのもないですけど」
「え゛、初!?」
市瀬はビールを飲む手を止めた。
「え、まあ…。基本、お店の人と行きたくなかったので」
「え、じゃあなんで今日は行こうと思ったの?」
全ての動作を止めて、こちらの答えを待っているのが分かる。
そういう期待させてはいけないと、すぐに面倒そうに出した。
「だからあの時、事務室で話したことを後悔したからです。あんなこと言っても仕方なかったって」
「…なんだっけ。何話したっけ」
市瀬は笑いながら焼き鳥に噛みついた。同じくこちらも焼き鳥を箸で串から外す。
「カウンターの人が何か言ったら私にリークしてくださいってやつ。ああ言ったって、きっと市瀬副店長は、私には言わないだろうと思いました」
「えーーー」
何のえー、なのか分からず、その顔を見た。
だが、ただ食べているだけで。
「それが分かりました。だから、言っても無駄だったんだなと思って後悔しました。でもあの時、食事から入っていれば、先にそれを感じて言わずに済んだかもれしないと思いました」
「いや、別に言ってもいいでしょ。俺は桜井がそんくらいカウンターを気にしてるんだと思って感心したけどね」
「でも、逆に私のことを警戒したでしょ?」
再び肉をかじる。分かりやすいことこの上ない。
「…だと思いましたよ」
「いや、俺なんにも言ってないけど」
市瀬は反論したが、それはしなくても同じことだった。
あれだけあっさり人の心に入り込むことができるのなら、みんないろんな相談もするし、役職より個人を大事にするわな、と既に納得がいった。
上機嫌で定時で上がった市瀬と、同じく定時で上がった桜井は、特に何の連絡もせずその店目指してお互い向かい合った。
とりあえず、着替える。焼き鳥だし、近くだし、めかし込んではいけないので、黒のセーターにジーパンというこの上なくラフなスタイルで臨むことにした。しかし、靴くらいは、とベージュのハイヒールにする。
酒はあまり飲まないが、いつも酔わない程度だし。
こうやって上司と酒も食事も共にしたことがない桜井だったが、市瀬は上司らしさを全く感じず、柊らと食事に行くのとなんら変わりがなかった。
店の引き戸を開ける。
「おお!」
奥の座敷席で市瀬が手を振るのが見えた。そこに真っ直ぐ進む。
「来なかったらどうしようかと思ったよ」
靴を脱ぎながら、
「え?」
と笑う。
「いや、連絡先知らないし。俺より先に上がったはずなのになあって」
「ああ、すみません。着替えてたので」
話せば話すほど、落ち着いてくる。
これを好きという感情かもしれない、と思っていたが、どうやら違うようだ。
若干安心しつつ、ビールを頼む。
「待ち切れずに先に飲んでごめん、ごめん」
既にビールは半分までに減って、焼き鳥も数本食べている。
「いえ、全然大丈夫です」
こちらも、気がねせず、その姿を見つめた。
「今日さ」
「はい」
飲みながら、食べながら、何にも遠慮なく話しをしてくる。
「あそこで話しかけられたからびっくりして」
「え? 重要資料閲覧室…のことですか?」
「うんそう」
市瀬は笑った。
「なんで、ですか?」
ビールがすぐに来たので、とりあえず乾杯してから飲む。
「いや、あそこは私語禁止の雰囲気だから。禁止とは決まってないけどね。なんか、前もあったじゃん。三好に飯誘われて俺が断ったやつ」
「ああー」
そういえばそうだ、そうか…あの場所は役職者が静かにいるので話しかけるのにぴったりの場所なんだ。
自身になってようやく気付いたことだった。
「だから、まさかあそこで桜井に誘われると思わなくて」
「……」
最悪だ。そう言われると、最悪だった。
「………」
仕事以外のことを探して、仕事に絡めてはいけないという難しさを感じる。
「え? いや、そんな…俺、変なこと言った?」
「いや、言ってません……」
それを、聞こう。
「市瀬副店長は休みの日って何してるんですか?」
「寝てる」
酒が入ったから、ある程度聞いてもいいだろう。
「ずっとですか? いつの休みもですか?」
「うーん、そりゃ、買い物も掃除も洗濯もするけど。料理もできるけど、面倒だからほとんどやらないし」
「買い物も、掃除も洗濯もしてるんですか?」
結婚しているのかどうか、読み切れなくて、聞く。
「うん、独りだからね、俺」
いともあっさりと市瀬は言い放った。
「……、独り暮らしなんですか?」
表情がどのように変化するのか、見つめながら聞く。
「うん、独身。じゃなかったらここ、来ないでしょ」
市瀬はあっさりと笑って、
「知らなかったの?」
逆に聞いてきた。
「いや、そうらしいということは知ってましたけど…」
「えー。それ確認してから誘いなよ。危ないよ」
はた、と神条のことを思い出した。そうか…そういうことが危なさに繋がるのかもしれない。
「いやでも、私、上司の人と2人で来たのって初めてです。男の人と2人っていうのもないですけど」
「え゛、初!?」
市瀬はビールを飲む手を止めた。
「え、まあ…。基本、お店の人と行きたくなかったので」
「え、じゃあなんで今日は行こうと思ったの?」
全ての動作を止めて、こちらの答えを待っているのが分かる。
そういう期待させてはいけないと、すぐに面倒そうに出した。
「だからあの時、事務室で話したことを後悔したからです。あんなこと言っても仕方なかったって」
「…なんだっけ。何話したっけ」
市瀬は笑いながら焼き鳥に噛みついた。同じくこちらも焼き鳥を箸で串から外す。
「カウンターの人が何か言ったら私にリークしてくださいってやつ。ああ言ったって、きっと市瀬副店長は、私には言わないだろうと思いました」
「えーーー」
何のえー、なのか分からず、その顔を見た。
だが、ただ食べているだけで。
「それが分かりました。だから、言っても無駄だったんだなと思って後悔しました。でもあの時、食事から入っていれば、先にそれを感じて言わずに済んだかもれしないと思いました」
「いや、別に言ってもいいでしょ。俺は桜井がそんくらいカウンターを気にしてるんだと思って感心したけどね」
「でも、逆に私のことを警戒したでしょ?」
再び肉をかじる。分かりやすいことこの上ない。
「…だと思いましたよ」
「いや、俺なんにも言ってないけど」
市瀬は反論したが、それはしなくても同じことだった。