この人だけは絶対に落とせない
20時。いつも通り、時間に遅れることなく商店街の喫茶店に現れた三島は、知り合いだというマスターにホットコーヒーとサンドイッチを注文し、緋川はほうじ茶を注文した。支払いはいつも割り勘なので、気を遣わずに済む。
この古びた喫茶店の奥の席はいつも空いて、というか、それ以外の席もほとんど全て空いている。
席に着いた三島は、スーツはいつも通りのスーツだが、胸ポケットにスカーフをしていてオシャレをしていることが一目で見てとれたので、まず、
「今日お休みだったんですか?」
と、尋ねた。
「うん、朝は診察で午後からたまたま空いてね。急ぎの用もないし半休もらってランチ行ってた」
「ランチ!?」
今まで、三島のどんな想像もしてこず、自らの結婚の話や仕事の話にのみ集中してきた緋川は、目が飛び出るほどに驚いた。
「……それってデートですか? き、聞いちゃダメかも……しれないですけど……」
怯えながらもどうしても聞きたくて、聞く。
「どうだろ。女の子と2人では行ったけどね、僕的にはそういう位置付ではないけど」
「嘘!?」
「何が?」
三島はさらりと真顔だ。
「い、あの、そのえっと、整理させてもらってもいいですか? 色々聞いてもいいですか?」
しっかり目を見て、絶対聞いてやる!という意思を持って聞く。が、
「ん? ダメ。僕の事はナイショ」
三島はさらりと笑いながら視線を逸らした。
「………」
そう言われれば仕方ない。そもそも、患者と医者の間柄だし、これは私のカウンセリングなのだ。
「でも気になって、夜も眠れない?」
三島は、少し顎を上げて聞く。
「はい! 先生のこと、知りたいです!」
真剣に言ったが、
「危ないなあ、そのセリフ」
と、三島は簡単に背中をソファに着けて距離をとる。
「先生、先生は独身ですよね?」
「結婚してるかもしれないよー」
三島は普通にカップを持ち上げて、コーヒーを飲む。
「え、じゃあデートは奥様と、ということですか?」
「でもデートという位置づけじゃあ、今日はなかったからね」
「え、さっき何って言いましたっけ……。女の子と2人でランチに、でもデートという位置付ではない…」
「いいじゃないの、そんなどうでもいい事」
三島は、からっと笑うと、カップをソーサーに戻す。
「いえいえ、重要なことです。私、先生は独身だと思ってましたから」
「で、僕が結婚してたらどうなの? あ、僕のこと、ねらってた?」
三島はにやけ顔で聞いたが、あまりに唐突な質問で、
「………」
狙っていたわけでもないのに、つい言葉に詰まる。
「……なんで黙るの」
三島は若干眉を顰めて笑ったが、勘違いされても困る!
「狙ってはいません! そんなその、お医者さんを狙うだなんて、そんなこと…」
「まあまあ……、で? 本題に入ろうか」
強引に真顔にならざるを得なくなる。
「……」
えっと……今日は何を話したかったんだろう…。
「一か月ぶり…くらいだね。電話くれてた時は、飲んでたでしょ?」
「…………そんな、酎ハイを飲み始めたくらいだったんですけど…」
「酒の力借りなくても、普通に電話くれればいいから。悩むことなんてないんだよ、僕に電話するのに」
「………でも、そりゃ…しますよ……。友達じゃないし」
「だからしなくていいの。公共機関に電話するのに、勇気なんて必要ないでしょ」
携帯電話の番号は二回目の予約をする時に教えてもらったが、特にメールもしないし、予約の電話しかしない。
「………」
いわば、無料で話しを聞いてもらっているのに、受診代を払わなければ、お茶代も払わない。最初からそれで良いって言われているから半分友達感覚だけど、時々、この人にはどんなメリットがあるんだろうと思う。
「あ、ごめんちょっと電話」
タイミングよく席を立ってくれる。
今日は、ただ誰かと話がしたくて呼んだだけだ。というか、いつもそうだ。最初の2回は婚約破棄やその後の自分の人生設計、仕事の仕方の話をしたけれど3回目くらいからは、既にこれといった会話はしていなかったように思う。
「あーごめんごめん」
すぐに戻って来た三島は、ソファに腰かけるなり、サンドイッチを口にした。
「…食べる?」
「いえっ、大丈夫、です。これは、晩御飯ですか?」
「うんそう。この時間だと軽いくらいの方がいいから」
ということは、1人暮らしかな…いや、手料理しない奥さんなんか世界中にたくさんいるか…。
「あの」
緋川はまだ食べている三島に唐突に提案することにする。
「………」
「何?」
三島は、こちらに視線を向けつつ、口は動かしたままだ。
「………いえ…。今日は…なんだか、色々言いたいことがあった気がしますけど、もうどうでもよくなっちゃって」
そのまま視線を逸らしたが。
「いや、せっかく会ったんだから、言いたかったことをいいなよ。そのまま帰るときっと、気持ち悪いよ」
あ、それでは遠慮なく思いついたことから。
「あの、このお店以外で会うことってできるんですか?」
「うん!?」
カップを手にしようとしていた三島は目を見開いて、サンドイッチが口から出ないように手で押さえて気遣いながらも口まわりを綺麗にさせる。そして飲み込んでしまってから、
「何? どういう意味?」
若干眉を顰めて聞いてきた。
「だから…その…ここが嫌なわけじゃないですけど、なんというか、ここで話すから、私しか喋れないだけで、逆に外に言ったら先生の事聞けるんじゃないかって」
「あのね、場所の問題じゃないよ」
三島は少し睨んで言う。
「いやまあそうなんですけど、いや、私も今まで全然先生が独身だとか考えたこともなくて。…その、例えば仕事で嫌なことがあった時とかに、うわ、これ先生に聞いてもらおうとか、上司に何か相談した時に、先生だったら絶対うまく励ましてくれるはずだわー、とか思うんですけど。とか、思っても会う時になったらその話は忘れてるんですけど」
「あぁ、今日何気にプライベートな話をしたからね」
三島は視線を落として言った。
「その服が、なんかいつもと違ってたから、いつもと違う先生がいるんだなあと思って」
「はあ、なるほど」
三島は頭を下げて自らの身体を改めて確認した。
「いや、あの、逆にね……。言わせてもらうと僕は僕なりに気を遣ってるからね」
「え、あぁ…そうだったんですか…」
「そうだよ!ナンパと思われたら嫌だなと、最初は緋川さんに誘われたんだけど、それに乗って良かったのかどうか、思ってたし。で、ここで何度か会って、落ち着いてくれるんならそれでいいかと思ってたし」
「でも、それって先生にとって何のメリットがあるんです?」
緋川は思い溜めていたことを聞いた。
「人間、メリットだけ考えて動いてるわけじゃないでしょ?」
三島は即答したが、緋川も負けじと、
「人助け的な?」
「だから、メリットなんて考えてないの。人と会うのに、メリットなんて一々必要?」
じっと目を見て言い切られる。ので目を逸らして、しかも、答えにならない答えを返すので精一杯だった。
「……そういう意味では、私はメリットにもデメリットにもならなかったという事なんですかね…」
「会いたいから会う、それでいんじゃない? って言ったら口説き文句みたいで危ないから嫌なんだけど」
三島は若干頬をひきつらせながら言った。
そんな中途半端なプライベートの表情は初めて見た。
急に距離が縮まった気がして、
「……先生、恋人いないんですか?」
思いついたので即座に聞く。
「どういう……」
三島は一度顔を大きく背けたが、
「いない」
はっきり言い切る。
「じゃあ今日は女の子と2人でランチに行ったけど、まあ、それほどでもなかったから、デートじゃないって感じなんですか」
「……君ね、物には言い方というものがあるんだよ。端から見たら、2人でデートといった感じかもしれなかったけど、実際には同僚と2人で行っただけだからお互いそういう位置づけではないって意味だよ、これで納得?」
三島は、目を見開いて、言い返してくる。
さすがに言い過ぎたと感じた緋川は、ソファに背をもたせて、2度頷いた。
そろそろ一時間になる。2人はそれぞれに会計をして、店を出た。商店街の出口までは同じ方向なのでいつもそこまでは一緒だ。
「……で、どこの店に行きたいの?」
三島は、前髪をさらりと払いながら店に出てから最初の一言を出した。
「え? あぁ……。うーんっと」
「ないわけ。あるから言ったんだと思ったんだけど」
「え、いや、その唐突で!」
「そっちが唐突だったんだよ」
「あ、すみません」
緋川は笑いながら、
「うんっとじゃあ、ネットで調べときます!」
「混んでる店は予約必須ね、待つのは嫌いだから」
「同じです、大丈夫!」
「あと、昼間から酒は禁止ね、まあ、僕に電話をかけるために飲んだんだと思うんだけど。いつもは飲んでないと思うんだけど」
「はい、それは大丈夫です。…先生は飲まれるんですか?」
「飲むよ。でも一緒にいる時は飲まない」
「何でですか?」
もう商店街の出口まで来てしまったので、緋川は立ち止まって聞いた。
「…………なんとなく」
珍しく、随分言い渋ったなと思う。自分のことになると、口が重くなるタイプか…きっと酒乱なんだ。
「頭にネクタイ巻いてる姿だけ、想像しときます」
緋川は笑って言うと、
「ま、ふんどしじゃないだけましか」
と三島は言い返し、「じゃあ、お休み、気を付けて」といつも通りスマートに背を向けた。
この古びた喫茶店の奥の席はいつも空いて、というか、それ以外の席もほとんど全て空いている。
席に着いた三島は、スーツはいつも通りのスーツだが、胸ポケットにスカーフをしていてオシャレをしていることが一目で見てとれたので、まず、
「今日お休みだったんですか?」
と、尋ねた。
「うん、朝は診察で午後からたまたま空いてね。急ぎの用もないし半休もらってランチ行ってた」
「ランチ!?」
今まで、三島のどんな想像もしてこず、自らの結婚の話や仕事の話にのみ集中してきた緋川は、目が飛び出るほどに驚いた。
「……それってデートですか? き、聞いちゃダメかも……しれないですけど……」
怯えながらもどうしても聞きたくて、聞く。
「どうだろ。女の子と2人では行ったけどね、僕的にはそういう位置付ではないけど」
「嘘!?」
「何が?」
三島はさらりと真顔だ。
「い、あの、そのえっと、整理させてもらってもいいですか? 色々聞いてもいいですか?」
しっかり目を見て、絶対聞いてやる!という意思を持って聞く。が、
「ん? ダメ。僕の事はナイショ」
三島はさらりと笑いながら視線を逸らした。
「………」
そう言われれば仕方ない。そもそも、患者と医者の間柄だし、これは私のカウンセリングなのだ。
「でも気になって、夜も眠れない?」
三島は、少し顎を上げて聞く。
「はい! 先生のこと、知りたいです!」
真剣に言ったが、
「危ないなあ、そのセリフ」
と、三島は簡単に背中をソファに着けて距離をとる。
「先生、先生は独身ですよね?」
「結婚してるかもしれないよー」
三島は普通にカップを持ち上げて、コーヒーを飲む。
「え、じゃあデートは奥様と、ということですか?」
「でもデートという位置づけじゃあ、今日はなかったからね」
「え、さっき何って言いましたっけ……。女の子と2人でランチに、でもデートという位置付ではない…」
「いいじゃないの、そんなどうでもいい事」
三島は、からっと笑うと、カップをソーサーに戻す。
「いえいえ、重要なことです。私、先生は独身だと思ってましたから」
「で、僕が結婚してたらどうなの? あ、僕のこと、ねらってた?」
三島はにやけ顔で聞いたが、あまりに唐突な質問で、
「………」
狙っていたわけでもないのに、つい言葉に詰まる。
「……なんで黙るの」
三島は若干眉を顰めて笑ったが、勘違いされても困る!
「狙ってはいません! そんなその、お医者さんを狙うだなんて、そんなこと…」
「まあまあ……、で? 本題に入ろうか」
強引に真顔にならざるを得なくなる。
「……」
えっと……今日は何を話したかったんだろう…。
「一か月ぶり…くらいだね。電話くれてた時は、飲んでたでしょ?」
「…………そんな、酎ハイを飲み始めたくらいだったんですけど…」
「酒の力借りなくても、普通に電話くれればいいから。悩むことなんてないんだよ、僕に電話するのに」
「………でも、そりゃ…しますよ……。友達じゃないし」
「だからしなくていいの。公共機関に電話するのに、勇気なんて必要ないでしょ」
携帯電話の番号は二回目の予約をする時に教えてもらったが、特にメールもしないし、予約の電話しかしない。
「………」
いわば、無料で話しを聞いてもらっているのに、受診代を払わなければ、お茶代も払わない。最初からそれで良いって言われているから半分友達感覚だけど、時々、この人にはどんなメリットがあるんだろうと思う。
「あ、ごめんちょっと電話」
タイミングよく席を立ってくれる。
今日は、ただ誰かと話がしたくて呼んだだけだ。というか、いつもそうだ。最初の2回は婚約破棄やその後の自分の人生設計、仕事の仕方の話をしたけれど3回目くらいからは、既にこれといった会話はしていなかったように思う。
「あーごめんごめん」
すぐに戻って来た三島は、ソファに腰かけるなり、サンドイッチを口にした。
「…食べる?」
「いえっ、大丈夫、です。これは、晩御飯ですか?」
「うんそう。この時間だと軽いくらいの方がいいから」
ということは、1人暮らしかな…いや、手料理しない奥さんなんか世界中にたくさんいるか…。
「あの」
緋川はまだ食べている三島に唐突に提案することにする。
「………」
「何?」
三島は、こちらに視線を向けつつ、口は動かしたままだ。
「………いえ…。今日は…なんだか、色々言いたいことがあった気がしますけど、もうどうでもよくなっちゃって」
そのまま視線を逸らしたが。
「いや、せっかく会ったんだから、言いたかったことをいいなよ。そのまま帰るときっと、気持ち悪いよ」
あ、それでは遠慮なく思いついたことから。
「あの、このお店以外で会うことってできるんですか?」
「うん!?」
カップを手にしようとしていた三島は目を見開いて、サンドイッチが口から出ないように手で押さえて気遣いながらも口まわりを綺麗にさせる。そして飲み込んでしまってから、
「何? どういう意味?」
若干眉を顰めて聞いてきた。
「だから…その…ここが嫌なわけじゃないですけど、なんというか、ここで話すから、私しか喋れないだけで、逆に外に言ったら先生の事聞けるんじゃないかって」
「あのね、場所の問題じゃないよ」
三島は少し睨んで言う。
「いやまあそうなんですけど、いや、私も今まで全然先生が独身だとか考えたこともなくて。…その、例えば仕事で嫌なことがあった時とかに、うわ、これ先生に聞いてもらおうとか、上司に何か相談した時に、先生だったら絶対うまく励ましてくれるはずだわー、とか思うんですけど。とか、思っても会う時になったらその話は忘れてるんですけど」
「あぁ、今日何気にプライベートな話をしたからね」
三島は視線を落として言った。
「その服が、なんかいつもと違ってたから、いつもと違う先生がいるんだなあと思って」
「はあ、なるほど」
三島は頭を下げて自らの身体を改めて確認した。
「いや、あの、逆にね……。言わせてもらうと僕は僕なりに気を遣ってるからね」
「え、あぁ…そうだったんですか…」
「そうだよ!ナンパと思われたら嫌だなと、最初は緋川さんに誘われたんだけど、それに乗って良かったのかどうか、思ってたし。で、ここで何度か会って、落ち着いてくれるんならそれでいいかと思ってたし」
「でも、それって先生にとって何のメリットがあるんです?」
緋川は思い溜めていたことを聞いた。
「人間、メリットだけ考えて動いてるわけじゃないでしょ?」
三島は即答したが、緋川も負けじと、
「人助け的な?」
「だから、メリットなんて考えてないの。人と会うのに、メリットなんて一々必要?」
じっと目を見て言い切られる。ので目を逸らして、しかも、答えにならない答えを返すので精一杯だった。
「……そういう意味では、私はメリットにもデメリットにもならなかったという事なんですかね…」
「会いたいから会う、それでいんじゃない? って言ったら口説き文句みたいで危ないから嫌なんだけど」
三島は若干頬をひきつらせながら言った。
そんな中途半端なプライベートの表情は初めて見た。
急に距離が縮まった気がして、
「……先生、恋人いないんですか?」
思いついたので即座に聞く。
「どういう……」
三島は一度顔を大きく背けたが、
「いない」
はっきり言い切る。
「じゃあ今日は女の子と2人でランチに行ったけど、まあ、それほどでもなかったから、デートじゃないって感じなんですか」
「……君ね、物には言い方というものがあるんだよ。端から見たら、2人でデートといった感じかもしれなかったけど、実際には同僚と2人で行っただけだからお互いそういう位置づけではないって意味だよ、これで納得?」
三島は、目を見開いて、言い返してくる。
さすがに言い過ぎたと感じた緋川は、ソファに背をもたせて、2度頷いた。
そろそろ一時間になる。2人はそれぞれに会計をして、店を出た。商店街の出口までは同じ方向なのでいつもそこまでは一緒だ。
「……で、どこの店に行きたいの?」
三島は、前髪をさらりと払いながら店に出てから最初の一言を出した。
「え? あぁ……。うーんっと」
「ないわけ。あるから言ったんだと思ったんだけど」
「え、いや、その唐突で!」
「そっちが唐突だったんだよ」
「あ、すみません」
緋川は笑いながら、
「うんっとじゃあ、ネットで調べときます!」
「混んでる店は予約必須ね、待つのは嫌いだから」
「同じです、大丈夫!」
「あと、昼間から酒は禁止ね、まあ、僕に電話をかけるために飲んだんだと思うんだけど。いつもは飲んでないと思うんだけど」
「はい、それは大丈夫です。…先生は飲まれるんですか?」
「飲むよ。でも一緒にいる時は飲まない」
「何でですか?」
もう商店街の出口まで来てしまったので、緋川は立ち止まって聞いた。
「…………なんとなく」
珍しく、随分言い渋ったなと思う。自分のことになると、口が重くなるタイプか…きっと酒乱なんだ。
「頭にネクタイ巻いてる姿だけ、想像しときます」
緋川は笑って言うと、
「ま、ふんどしじゃないだけましか」
と三島は言い返し、「じゃあ、お休み、気を付けて」といつも通りスマートに背を向けた。