この人だけは絶対に落とせない
 関 一(せき はじめ)はいつも通り朝出社して、1人冷たい店長室でパソコンの電源を立ち上げながら、束の間の缶コーヒータイムを楽しんでいた。

 湊部長の元義妹である、関 美生(せき みお)が予期もせず寿退社して半年。つまり、自らがここで店長になって3年になる。

 会社の方針は今の所あまり変わっていないが、従業員の顔ぶれは次々に変化していった。

 その中でも群を抜いて素晴らしい物を感じさせているのが、副店長になってまだ半年の鹿谷だ。これはおそらく後を譲る日がいつか来るだろうとは思う。一時は関 美生の事が好きだと湊部長に言い切ってしまって、後はないなと感じたが、その後すぐに本人が社外の男性と結婚してしまったため、再びスタートラインに立ったと考えていい。

 まあしかし、まだ2年、3年はかかるだろう。もう少し東都以外での店長経験も必要だし、人生経験も必要だ……と思いながらふと今月の個人売上高が張り出されたホワイトボードに向けて顔を上げた。

 そこには、全ての従業員の前日までの売上高がグラフになっている。役職者は売り場で接客するよりも、他の従業員を動かすことを重要視されているので、売上は少ないはずだが、そんな中でも武之内が頑張って数字を上げて来ていることに気付いて、関は目を止めた。

 絶対にここで店長の座を取りたいと思っているであろう武之内にとって、売り場のコントロールを接客をしながら行う方法に出るとは、と鼻から笑いが漏れた。

 自らが売りながら、他の従業員もコントロールできる、というのは、ある意味机上の空論で、自らが接客をしている間はその客に集中するので他の事が分からなくなりがちだが、あえてそこも全て補っていこうという狙いである。

 数字が上がれば本社の目につく。

 一番分かりやすい方法であるが、もちろん大変なやり方だ。

 他の社員のフォローもしながら、自分のミスも極力避け、更に新しい件数を上げていく。

 一番のよき理解者であるはずの武之内の妻は夫と同時期に同店の倉庫担当としてパートで配属されているのでその支えがあってのことだとしたいはずだが、それはおそらく真逆だ。

 何やら副店長である柳原との浮気が一時囁かれた。しかし、柳原本人は全否定の上、迷惑だと突っぱねた。
 
 だがしかし、男と女において、しかも、同じ副店長同士でいざこざだけはやめてくれと、当人達にはきつく念を押した。

 それなりに色々な経験を積んだ柳原は、次期店長に一番近い男だと思われていたが、それが少しは遠のいたかもしれない。

 つまり、しばらくは身の安全が確保でき、半年前に買ったベンツのローンの支払い額もそのままで大丈夫だと確信している関は、パソコンがあたたまったと同時に、今まで頭の中心で考えていた今日の作業を徹底的にシフトに落とし込み始めた。
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