この人だけは絶対に落とせない
 無駄に、どうしても南端店に行きたくて仕方がない湊 航平(みなと こうへい)は、自らの気持ちを一旦整理して、頭の中で回想やら妄想やら想像をし直し、落ち着つかせる。

 しかし、無意識にもう一度南端店に行く理由を考え直している自分に気づき、苦笑しながら頭を垂れた。

 休みの日に、仕事でもなく、自宅からも離れた店に買い物をしに行くなんて、何を考えているんだと思う。嘘だろうと思う。

 いや、嘘じゃないということは、心の奥底で分かってはいるが、今の状態では一応、嘘ということに、したい。

 本社の営業部長でありながら、支店の一女性従業員目当てで、急ぎでもない買い物に行くなど。

 ばかげていると思う。

 他にいい女なんてたくさんいる……いや、いない。

 そうだ、いないんだ……。

 湊は溜息をついてから、カレンダーを見た。まだひと月も早いが、来月は父親の誕生日だ。

 おそらく届いたこともない、息子からの誕生日プレゼントに父母親は戸惑うとは思うが、悪い気持ちはしまい。

 そういう、プライベートでしか買えないような物をあえて考え抜いて、ソファから立つ。

 今日、彼女が出社しているということは、知っている。

 その上で今から行けば、到着の時間帯は休憩でもない勤務中ということも分かっている。

 だからこそ、今行く……。

 いや、行ってはいけない。

 いや、ただの家族の買い物なんだから構わないんだ。

 緊張で手が震えている気がした。

 だが、それはもちろん怯えではなく、大半が希望と興奮と喜びだ。

 ……家族にプレゼントを送って何が悪い。

 それを、自宅から遠く離れた勤務会社の支店で買って何が悪い…。

 湊は、上機嫌でレクサスのキーを取ると、それ以上の言い訳は止め、軽い足取りでマンションから外へ出た。
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