この人だけは絶対に落とせない
三浦 智樹(みうら ともき) エレクトロニクスから競合会社リバティへ移った男 30
湊 航平(みなと こうへい) エレクトロニクス本社営業部長 38
仁科 雅美(にしな みやび) 無職 32 旧姓 嵯峨


7月


「……へえ。そうなんスねえ……」
 
 俺は正直、話の内容よりも、その運転技術が気になり、会話に集中できない。

「そんでさあ、……っと、えっと、次右だっけ?」

「右、右」

 助手席から一緒に左右確認、ミラーも確認して、右に曲がる。

「……でさあ、電話したら、今日の予約はダメだって。席空いてるんだからいいじゃない!」

 仁科 雅美(にしな みやび)はハンドルをしっかり両手で握って楽しそうに言うが、

「……後ろ、バイク来てますよ」

「うん……。追い越してくれたらいいのに」

「ゆっくり行きましょう」

「…時間大丈夫? 湊さん待ってないかな」

「大丈夫大丈夫。待たせとけば」

 自分が運転をしていれば電話やメールはもちろん時計こそ普通に見られるが、今は助手席で座っているだけなのに、そんな余裕もない。

 かなり減速したおかげでバイクは追い抜いていってくれるが、後続車の動きが気になる。

「待たせとけばって」

 仁科は笑うが、前の前の車のブレーキランプが点灯したので

「前が止まりますよ」

「うん」

 絶対見てない。

「三浦君、めちゃくちゃ緊張してるね」

「…え?」

 左の自転車が気になったのでそちらを見てから運転席の仁科を見る。

 彼女はわけもなく笑いながら俺と目を合せた。

「あぁ……」

 前を見て欲しいと思いながら視線をこちらから前へと逸らし、

「何で?」

 とりあえず聞く。

「私の運転。すごいびびってるからこっちの方が怖いよ」

「……まあ、前しか見てないし、むしろ前も見てないんで」

「前くらい見てるよ!」

 強気で言い返してきたが、

「自転車曲がって来ますよ」

「分かってるって!!」

 時間はおそらくだいぶ余裕のはずだ。俺との待ち合わせ時間は仁科が決め、その後湊と合流する時間も彼女に任せたが、余裕を持っていたはずだ。まあ例え元上司の湊が待ってたとしても全く構いはしないのだが。

 10分同じ調子で走り、待ち合わせ場所のコンビニに到着してから、ようやくスマホを確認する。

「ああ、湊さんコンビニで待ってるって」

 メールにも今気付いた。

「あ、見えた。気付くかな」

「呼んできます」

 外の空気を吸い、一息吐く。

 2年前、大卒で入ったホームエレクトロニクスを退社した時の先輩、仁科 雅美(にしな みやび)が運転する助手席で15分ほど車を走らせてきた三浦 智樹(みうら ともき)は、仁科の元上司 湊 航平(みなと こうへい)が待つコンビニの中へと入った。

 車の中もそれなりに涼しかったが、店内は予想通り更に涼しい。

「あ」

 と言うだけで、相手は本を置き、こちらに向かってきてくれる。

「ご無沙汰してます」

「というほどでもないんじゃない? ちょっと前だよね。会ったの」

「そう……でしたね」 

 咄嗟に丁寧なあいさつが出たが必要なかったようだ。

「さてねえ…今日はどこに行きたいって?」

「僕もはっきりとは知らないんです」

 言いながら2人で仁科の軽乗用車に乗り込む。

 なんとなく助手席を譲り、俺は後部座席に座った。

「おはよー!!」

 今日は随分と元気だ。娘が事故で亡くなって、2年。離婚もしたが、自由になったしそれなりに復活したのだろう。

「おはよ」

 湊はだるそうに返事をして、


「さて、どこに行く?」

「昨日メールしたじゃん!! 北浦のスイートポテト」

「………」

「………」

 グループラインで確か、そのような連絡がきていたような気がしたので、俺はすぐに数日前のメールを見返した。

 湊は既読はもちろん、了解と返信までしていたが、何も読んではいなかったようだ。

「メールってだっれも読んでないのねー」

 言いながら、仁科は発車する。

「道こっちで合ってるの?」

 湊は首を捻り、後ろを見ながら尋ねてくる。

「ちょっと待って下さい…」

 俺は慌ててスマホのナビに行き先を入力した。

「とりあえずこっちなんだけど、曲がるとこが来たら言ってね」

 仁科は、勝手にナビを任せてくる。

「…というか、なんで俺の車で行かないの?」

 湊は車内が狭くて息苦しいのか、勝手に窓を少し開ける。

「軽の方が安いじゃん」

 仁科はしっかり前だけ見て言う。

「高速乗るわけじゃないし、走ったって1時間程度なんだから。次は俺の車」

 湊は面倒臭そうに、溜息を吐くと、更に窓を全開にし、胸ポケットをまさぐっている。

 俺はあまり煙草が好きではないので、そういえば後ろに乗せるべきだったと若干後悔し、運転席の後ろに移動した。そういえば前回もそう思ったことを今更になって思い出す。

「煙草? 灰皿持って来たの?」

「前見て」

 俺は咄嗟にシート越しに声をかける。

「え? 何?」

 仁科は振り返ろうとするので、

「前」。

「見てるよ!」

「灰皿買って来たよ。今日のために」

「嘘!?」

 仁科は、前を見たまま叫んだ。

「えー、ごめーん。ここ使う?」

 今更ながら、仁科は小銭入れとして使っている車内の灰皿のことを指す。前回そこは絶対に使わせないと豪語していたばかりだ。

「いやいいよ。今更…」

 湊も同じことを思ったようだ。

「いやまさかだって、買うとは思ってなかったし!! …まあいっか100均とかで売ってる?」

「さあ………100均に売ってるかどうかは知らないけど」

 湊はそのまま煙草に火をつけて、一口吸う。

「朝なんか食べてきた?」

 仁科は唐突に聞いた。

「何も」

 男2人の声が被る。

「え、今日スイートポテトだよ?」

「………」

 どういう事か分からず、俺は黙った。

「………」

 湊も同じ気持ちなのだろう。黙っている。

「……まあいいけど。いきなりスイートポテト食べれる?」

「三浦君、何時到着予定?」

「11時です」

「そのカフェがすごく混むの!で、11時開店なの。そんで私はそこでスイートポテトを食べることに決めてるの!」

「………スイートポテト以外にもありますよ、普通にランチが」

 俺はすぐに確認して湊に提案した。

「じゃあそれで」

「うん。別にそれでいいよ」

 仁科は上機嫌に答える。

「それからどうする?」

 仁科が聞くので、もう一度メールを確認する。確かに、メールでその後どうする?となっているが、皆これといってそれに対して返事はせず、「了解」と返事をして締めくくっている。

「場所どこ? あ、北浦か…北浦ねえ。明日は休みだけど…」

 湊は早く帰りたい、と続けるのかと思ったが、今は言わないらしい。

「僕は大丈夫です。明日昼からだし。明日は楽なんで」

 どういうプランでも大丈夫なので、その通りに言う。

「よし!! じゃあ、帰りは飲んで帰ろう!!」

 丸1日遊んだことはなかったので、思いがけない提案だったが、別に予定はない。

「……どこで?」

 湊は慎重に聞く。

「んっと、湊さんちの近くにする? 私達代行で帰るし」

 湊は小刻みに頭を縦に振ると、

「じゃあ、よしだやにしよう」

 勝手に決定したが、

「えー。行きたいとこあるんだけど」

 納得だ。仁科が、わざわざ代行を使いたい理由があったことに。

「どこ?」

 湊は一応聞いてくれる。

「カフェバー ミライ」

「どこ?」

 湊は強く聞いた。

「どこってねえ…」

 仁科がはっきり言わないので、俺は場所をすぐに調べる。

「よしだやより5分南です」

「ミライ……」

「スーパーの隣ですよ」

「知らないなあ」

「そこ行きたかったのー!!」

「ふーん」

 湊はそれ以上は何も言わない。

 まあ、それで合意するようだ。
  



 1時間こんな調子で走り、11時前に到着する。3分ほど車内で時間を潰してから外に出ると、既に店は開いていたが、仁科が予約していたのですぐに席に着けた。

 男2人が隣に並び、仁科が湊の前に腰かけた。

 メニューを手に取った瞬間、仁科は

「聞いたよー、この前。沙衣吏と飲みに行ったんだって?」

 おそらく仁科はその話題を溜めてあったのだろう。わざわざ湊の顔が見えるようになってからようやく出したという感じだった。

「偶然ね」

 湊はどうでも良さそうにメニューを眺める。

「沙衣吏もいいって思ってたなら早く言ってくれればよかったのにー」

「いや、彼氏がいるでしょ」

 湊はフンと笑って、「……これで」と、Cランチを指した。

「もうさあ、そういうややこしい人とは別れて。ちゃんとした営業部長みたいな人がいいんじゃないのー?」

 仁科はにやにや笑っていたが、湊にそれは効かない。

「はあぁ」

 あからさまに視線と話題を逸らそうとする。

「え、じゃあ元妹の関さん?」

「何が」

 湊は水が入ったグラスを手に持つ。

「えーっとお。何がって言われたら分かんないけど……」

 仁科は察して、メニューを見つめはじめた。

「……僕は、Aランチで。湊さん、せっかくだからスイートポテトがついたやつじゃなくていんですか? Cランチはついてませんよ」

 どっちでもいいのだろうが、とりあえず気になったので言っておく。

「うーん。どっちでもいいけど………、じゃあ、Aで」

「なんでCにしようと思ったの?」

 仁科が聞く。

「からあげが食べたかったから。それ以外に理由ある?」

「え、じゃあAはフライだよ?」

「まあ、せっかくここまで来たんだから、スイートポテトを食べてみようと思ったわけ」

「……」

 そこまで聞いて完全に納得したのか、何も言わず、仁科はメニューを素早く何度も捲る。

「………、めちゃくちゃ考えてますね……Aランチでいんじゃないですか?」

 俺は提案したが、

「それさあ、スイートポテト小さいじゃん。だから普通の大きさの頼んで、後何にするか考えてるの」

「あぁ…」

 しばらくの間、男2人の世間話が弾み、ようやくメニューが決まって、注文する。

 店は混んではいたが、基本ランチが多いのか、注文は早めに来たし、味もまあまあだし、仁科も喜
んでいるようだ。

 食べた後、店を出て再び車に乗り込み、次に行き先を議論する。どうせ中央区まで帰るのなら、西区を回って帰りたいと仁科が提案したが、湊に却下され、結局そのまま帰ってすぐにミライへ行くことになった。
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