この人だけは絶対に落とせない
「さて、やっとゆっくりできる」
14時と、バーには早い時間だが、ようやく本調子が出てきたとばかりの湊は、ゆったりとしたソファ席に満足したのかビールを旨そうに飲み、枝豆に手をつけた。
「へえー、いい感じの店ですね」
俺もソファのすわり心地が良いし、しかも帰りは代行だし安心してレモン酎ハイを飲む。
「あー、疲れた」
行きたい店に行って満足したのか、仁科も美味しそうにカクテルを飲んだ。
「まあ、スイートポテトが美味しかって良かった」
湊が今日の一日を締めくくろうと、感想を述べた。
だがしかし、飲み始めてしまったため、誰もそれを気にせずそのセリフは宙に浮く。
「……でさ、沙衣吏とは時々ランチに行くんだけどさ。ほんっとーに、湊さんは沙衣吏のことはどうでもいいわけ?」
仁科は酔いに任せたというわけではなく、どうしても同じ質問の中から違う答えを聞きたくて再び質問を繰り返したようだ。
それに対して湊は、先ほどより顔を顰め、
「良かったら、とっくにいってる」。
「じゃあ、何がダメなの?」
「社員」
俺は笑い「以上、って感じですね」。
「じゃあ、もし社員じゃなかったら?」
「意味のない仮説だと思うけど」
湊はどうでも良さそうだが、一応返事はしている。
「でももし、あのレベルだったら、よそで知り合ったらいい線いってると思いませんか?」
俺は実際そう思ったので聞いたが、
「タイプじゃない。そもそも、バツイチというのが許容範囲外」
「あー……」
仁科は自らの事を言われているような気がしたのか、若干沈む。
「湊さんは、新品の人じゃないと嫌なんだ」
仁科はどこも見ずに言う。
「………嫉妬深いからね、そういうのは多分、向いてない」
自虐して、仁科を救ったような気がしたが、それだけではなさそうだった。
「だけど、関さんじゃなく?」
「何でそこに戻るの?」
湊は、心底嫌そうに睨んだ。
「いやだって、知らないんだもん! その2人と仲がいいということはかろうじて知ってるけど、タイプの人とか。なんかさあ…いつもしらーっとしてるけど」
「しらーっと」
俺は仁科と2人笑う。
「しらーっとって何?」
湊は眉間に皴を寄せながら、ビールを飲み切る。
「うーん。クールに、僕が好きな人は、めちゃくちゃ美人で理想が高いです!!って感じ」
「あー、分かります」
俺は納得したが、
「あーそう」
真意は見えない。
「あのさあ。でもさあ…」
仁科が、言い出そうとする。
俺はちら、と仁科を見た。
だがあえて、彼女はこちらを見ていない。
かわりに湊は、何も気付かず、メニューを見て、「たこわさ頼んでくれる?」と俺に注文してきた。
「はい……」
素早く注文をし、仁科が喋る間を作ってやる。
「まあでも、色々あるじゃん! 色々……その中でも、不倫……とかは興味ないとは思うんだけど」
随分直球だ。
俺は、ゆっくり瞬きをし、まるで刑事のように目の玉だけ動かせて隣の湊を見る。
だが、この位置からは何も見えはしない。
「……ふりんねえ……」
飲んでいて助かった。
言葉がゆっくり出てもなんとかなる。
ここでビールを飲めば、時間を稼いでいると思われるので、あえて枝豆を食べて、凌いだ。
「………」
目の前の仁科は黙り、しかも、三浦と目配せしている。
まさか、バレてはいまい。
まさか、バレてはいまい……。
「野坂さんと、不倫、してないよね?」
ドンピシャの名前が出た瞬間、心臓が痛いくらい鳴り、さすがに身体が硬直した。
前からは仁科、隣からは三浦が見ていると分かってはいるが、どうしても身体が動かない。
「僕が本社筋から聞きました。思っているより、結構バレているのかもしれませんよ」
咄嗟に三浦を睨んだ。相手は、複雑な、しかし半分さげずむような目でこちらを見ているのが分かる。自分でも怖い顔をしているのは分かった。だが、きつい視線を向けずにはいられなかった。
俺は悪いことはしていない!!! ただ相手が結婚していただけで、今はもう別居しているんだ!!!と心の中で叫ぶ。
「……離婚してたらいいのかもしれないけど……。絶対やっちゃいけないことだよ」
「……ッ……」
分かってる。でも、俺が離婚させようとしているわけじゃない!! 夫婦の仲は最初から勝手に!!
「結構金取られますよ」
三浦らしい意見だ。それだってもちろん分かっている。
「……な、…何の話……」
自分の声が震えているのが分かってそれ以上言葉が出なかった。
「………このまま離婚させて、結婚するの?」
離婚させてって、何でそうなる!?
「やめといた方がいんじゃないですか? 今ならまだ引き返せますよ。野坂さん、前の旦那と会ってるらしいから」
そんな思いもよらないことを三浦などに言われ、カチンときたと同時に大きなショックを受けた。
「……」
身体のどこも、頭の中も何も動かない。
どういう……、いや、なんで……。
誰の顔も見ずに席を立つ。身体が震え、今食べた物を吐き出しそうだった。
三浦が勝手にそう言っているだけだ。事実はそんなはずはない。俺には前の旦那とはもう会ってないとはっきり昨日も言ったんだから!!
「……」
2人の視線を感じたが、それ以上どうすることもできず、何も言わずにソファを離れる。
「湊さん!! 」
仁科の声が聞こえたが、それに答える気はない。
俺は後ろも振り返らず、そのまま店を出た。
「行って来る」
俺は、余計だと分かりながら、どうしても心配になったので、湊の後を追った。
仁科も何も言わないので、同じ気持ちだったのだろう。
歩いて帰ることは予想出来ていたし、ドアを開けると、すぐに姿が見えた。まだ15時前の、明るい陽射しの中に、会社とは違った背中がある。
「湊さん!!」
呼びかけるが振り返らない。
「違うんです!! すみません。仁科さんが、本社の人から聞いたことにした方が湊さんが目が覚めるだろうって言うから……」
湊は足を止める気配もない。
だが、俺はここで湊にきちんと状況を説明しておくべきだと思い、
「聞いて下さい。中津川沙衣吏と野坂さんは結構な友達だそうです。それで、中津川が仁科に頼んだそうです。不倫をやめさせるように湊さんを説得してほしいって」
さすがに湊は足を止めた。その顔は息もしていないようだった。
「野坂さんは、正直迷ってて…中津川に相談してたそうです」
湊は目を閉じ、唇を噛んだ。どうやら話が違うようだ。
「本当に、手を引くなら今ですよ。危ない人かもしれない、僕は結構そう思います」
真剣に言った。そんな真剣味は出さなくとも、もう分かるだろうが。
「はあああああああ……」
湊は一気に溜息を吐くと、立ち止まったまま、空を見上げた。まだ真昼間の青空が、今は最高に眩しい。
「………そんなに良かったんですか?」
俺は笑いながら半分茶化して言った。だが、湊はそれには乗らず、またゆっくりと歩き始める。
後を追ってはいけない気がして立ち止まったが、少し離れてから気になり
「また連絡しますー!!」
とりあえず言った。
だが、何も反応はない。
「家に帰ったのかもしれないね」
疲れた俺は、元の場所に座った。腹が減り、から揚げを注文しようかとメニューを開く。
「家……行ったら怒るかな」
「もういんじゃないですか? さすがに1人にしてほしいと思いますよ」
今は仁科1人でも追いかけない方がいい。
普段、クールにしていた湊が不倫をしていると仁科から聞いた時は、嘘だと思った。それに、自らのルートを駆使しても噂どころか何も出てこない。今日真っ向勝負をかけると聞いた時は、かけても空振りに終わるだろうと予測していたので、まさかこんなドンピシャの結果になるとは思いもしなかった。
だが、こんな損な役回りも湊の為になったのだからそれはそれで良かったのだろうし、特に後悔はない。
「………」
ふとメニュー表から顔を上げると、仁科は仁科で逆の事を考えているらしいことがうかがえた。
俺は、から揚げを一旦諦め、とりあえず、残った枝豆に手を伸ばした。
「…言って良かったのかなあ」
「そりゃそうですよ!! 結構目は覚めた感じでしたよ。言った方がいいに決まってる。騙されてた可能性もありますからね。夫婦グルで」
「えー!?」
仁科は全く予想もしていなかったのか、眉間に皴を寄せて声を出した。
「ありますよ。そういうの普通に」
「普通にはないでしょ」
「でも営業部長だし、金があるのはバレバレですから」
それに納得したのか、仁科はすぐに黙ってしまう。
やはりから揚げを頼むかな、とメニューに手を伸ばすとそれを察したように
「よしだや 行こう」
仁科は唐突に提案した。
「まあいいですけど。……来ますかね」
まあ、バーより飯はうまいか、と俺は残りの枝豆の皮を剥いて口に頬り込む。
「…来ないなら、来ないでいいし」
「……さすがに来ないと思うなあ。僕なら家帰って速攻彼女の電話番号消しますね」
「……それで済まないでしょ」
「うーん、時間差で旦那にバレてたら、それではすまないかもしれませんね。でもそんなの普通、ちょっと考えたら、分かることだと思うんですけどねえ……」
14時と、バーには早い時間だが、ようやく本調子が出てきたとばかりの湊は、ゆったりとしたソファ席に満足したのかビールを旨そうに飲み、枝豆に手をつけた。
「へえー、いい感じの店ですね」
俺もソファのすわり心地が良いし、しかも帰りは代行だし安心してレモン酎ハイを飲む。
「あー、疲れた」
行きたい店に行って満足したのか、仁科も美味しそうにカクテルを飲んだ。
「まあ、スイートポテトが美味しかって良かった」
湊が今日の一日を締めくくろうと、感想を述べた。
だがしかし、飲み始めてしまったため、誰もそれを気にせずそのセリフは宙に浮く。
「……でさ、沙衣吏とは時々ランチに行くんだけどさ。ほんっとーに、湊さんは沙衣吏のことはどうでもいいわけ?」
仁科は酔いに任せたというわけではなく、どうしても同じ質問の中から違う答えを聞きたくて再び質問を繰り返したようだ。
それに対して湊は、先ほどより顔を顰め、
「良かったら、とっくにいってる」。
「じゃあ、何がダメなの?」
「社員」
俺は笑い「以上、って感じですね」。
「じゃあ、もし社員じゃなかったら?」
「意味のない仮説だと思うけど」
湊はどうでも良さそうだが、一応返事はしている。
「でももし、あのレベルだったら、よそで知り合ったらいい線いってると思いませんか?」
俺は実際そう思ったので聞いたが、
「タイプじゃない。そもそも、バツイチというのが許容範囲外」
「あー……」
仁科は自らの事を言われているような気がしたのか、若干沈む。
「湊さんは、新品の人じゃないと嫌なんだ」
仁科はどこも見ずに言う。
「………嫉妬深いからね、そういうのは多分、向いてない」
自虐して、仁科を救ったような気がしたが、それだけではなさそうだった。
「だけど、関さんじゃなく?」
「何でそこに戻るの?」
湊は、心底嫌そうに睨んだ。
「いやだって、知らないんだもん! その2人と仲がいいということはかろうじて知ってるけど、タイプの人とか。なんかさあ…いつもしらーっとしてるけど」
「しらーっと」
俺は仁科と2人笑う。
「しらーっとって何?」
湊は眉間に皴を寄せながら、ビールを飲み切る。
「うーん。クールに、僕が好きな人は、めちゃくちゃ美人で理想が高いです!!って感じ」
「あー、分かります」
俺は納得したが、
「あーそう」
真意は見えない。
「あのさあ。でもさあ…」
仁科が、言い出そうとする。
俺はちら、と仁科を見た。
だがあえて、彼女はこちらを見ていない。
かわりに湊は、何も気付かず、メニューを見て、「たこわさ頼んでくれる?」と俺に注文してきた。
「はい……」
素早く注文をし、仁科が喋る間を作ってやる。
「まあでも、色々あるじゃん! 色々……その中でも、不倫……とかは興味ないとは思うんだけど」
随分直球だ。
俺は、ゆっくり瞬きをし、まるで刑事のように目の玉だけ動かせて隣の湊を見る。
だが、この位置からは何も見えはしない。
「……ふりんねえ……」
飲んでいて助かった。
言葉がゆっくり出てもなんとかなる。
ここでビールを飲めば、時間を稼いでいると思われるので、あえて枝豆を食べて、凌いだ。
「………」
目の前の仁科は黙り、しかも、三浦と目配せしている。
まさか、バレてはいまい。
まさか、バレてはいまい……。
「野坂さんと、不倫、してないよね?」
ドンピシャの名前が出た瞬間、心臓が痛いくらい鳴り、さすがに身体が硬直した。
前からは仁科、隣からは三浦が見ていると分かってはいるが、どうしても身体が動かない。
「僕が本社筋から聞きました。思っているより、結構バレているのかもしれませんよ」
咄嗟に三浦を睨んだ。相手は、複雑な、しかし半分さげずむような目でこちらを見ているのが分かる。自分でも怖い顔をしているのは分かった。だが、きつい視線を向けずにはいられなかった。
俺は悪いことはしていない!!! ただ相手が結婚していただけで、今はもう別居しているんだ!!!と心の中で叫ぶ。
「……離婚してたらいいのかもしれないけど……。絶対やっちゃいけないことだよ」
「……ッ……」
分かってる。でも、俺が離婚させようとしているわけじゃない!! 夫婦の仲は最初から勝手に!!
「結構金取られますよ」
三浦らしい意見だ。それだってもちろん分かっている。
「……な、…何の話……」
自分の声が震えているのが分かってそれ以上言葉が出なかった。
「………このまま離婚させて、結婚するの?」
離婚させてって、何でそうなる!?
「やめといた方がいんじゃないですか? 今ならまだ引き返せますよ。野坂さん、前の旦那と会ってるらしいから」
そんな思いもよらないことを三浦などに言われ、カチンときたと同時に大きなショックを受けた。
「……」
身体のどこも、頭の中も何も動かない。
どういう……、いや、なんで……。
誰の顔も見ずに席を立つ。身体が震え、今食べた物を吐き出しそうだった。
三浦が勝手にそう言っているだけだ。事実はそんなはずはない。俺には前の旦那とはもう会ってないとはっきり昨日も言ったんだから!!
「……」
2人の視線を感じたが、それ以上どうすることもできず、何も言わずにソファを離れる。
「湊さん!! 」
仁科の声が聞こえたが、それに答える気はない。
俺は後ろも振り返らず、そのまま店を出た。
「行って来る」
俺は、余計だと分かりながら、どうしても心配になったので、湊の後を追った。
仁科も何も言わないので、同じ気持ちだったのだろう。
歩いて帰ることは予想出来ていたし、ドアを開けると、すぐに姿が見えた。まだ15時前の、明るい陽射しの中に、会社とは違った背中がある。
「湊さん!!」
呼びかけるが振り返らない。
「違うんです!! すみません。仁科さんが、本社の人から聞いたことにした方が湊さんが目が覚めるだろうって言うから……」
湊は足を止める気配もない。
だが、俺はここで湊にきちんと状況を説明しておくべきだと思い、
「聞いて下さい。中津川沙衣吏と野坂さんは結構な友達だそうです。それで、中津川が仁科に頼んだそうです。不倫をやめさせるように湊さんを説得してほしいって」
さすがに湊は足を止めた。その顔は息もしていないようだった。
「野坂さんは、正直迷ってて…中津川に相談してたそうです」
湊は目を閉じ、唇を噛んだ。どうやら話が違うようだ。
「本当に、手を引くなら今ですよ。危ない人かもしれない、僕は結構そう思います」
真剣に言った。そんな真剣味は出さなくとも、もう分かるだろうが。
「はあああああああ……」
湊は一気に溜息を吐くと、立ち止まったまま、空を見上げた。まだ真昼間の青空が、今は最高に眩しい。
「………そんなに良かったんですか?」
俺は笑いながら半分茶化して言った。だが、湊はそれには乗らず、またゆっくりと歩き始める。
後を追ってはいけない気がして立ち止まったが、少し離れてから気になり
「また連絡しますー!!」
とりあえず言った。
だが、何も反応はない。
「家に帰ったのかもしれないね」
疲れた俺は、元の場所に座った。腹が減り、から揚げを注文しようかとメニューを開く。
「家……行ったら怒るかな」
「もういんじゃないですか? さすがに1人にしてほしいと思いますよ」
今は仁科1人でも追いかけない方がいい。
普段、クールにしていた湊が不倫をしていると仁科から聞いた時は、嘘だと思った。それに、自らのルートを駆使しても噂どころか何も出てこない。今日真っ向勝負をかけると聞いた時は、かけても空振りに終わるだろうと予測していたので、まさかこんなドンピシャの結果になるとは思いもしなかった。
だが、こんな損な役回りも湊の為になったのだからそれはそれで良かったのだろうし、特に後悔はない。
「………」
ふとメニュー表から顔を上げると、仁科は仁科で逆の事を考えているらしいことがうかがえた。
俺は、から揚げを一旦諦め、とりあえず、残った枝豆に手を伸ばした。
「…言って良かったのかなあ」
「そりゃそうですよ!! 結構目は覚めた感じでしたよ。言った方がいいに決まってる。騙されてた可能性もありますからね。夫婦グルで」
「えー!?」
仁科は全く予想もしていなかったのか、眉間に皴を寄せて声を出した。
「ありますよ。そういうの普通に」
「普通にはないでしょ」
「でも営業部長だし、金があるのはバレバレですから」
それに納得したのか、仁科はすぐに黙ってしまう。
やはりから揚げを頼むかな、とメニューに手を伸ばすとそれを察したように
「よしだや 行こう」
仁科は唐突に提案した。
「まあいいですけど。……来ますかね」
まあ、バーより飯はうまいか、と俺は残りの枝豆の皮を剥いて口に頬り込む。
「…来ないなら、来ないでいいし」
「……さすがに来ないと思うなあ。僕なら家帰って速攻彼女の電話番号消しますね」
「……それで済まないでしょ」
「うーん、時間差で旦那にバレてたら、それではすまないかもしれませんね。でもそんなの普通、ちょっと考えたら、分かることだと思うんですけどねえ……」