闇に溺れた天使にキスを。



「そ、そんな乱暴なことはしないかと…」

「いいから早く言え。
最寄の駅は?」

「最寄り…」


涼雅くんが折れてくれそうにないから、お言葉に甘えて送ってもらおうと思い、素直に駅を言おうとしたけれど。

ふと、お兄ちゃんの姿が頭に浮かんだ。


お兄ちゃんは私の帰りが遅くなると、最寄の駅で待っていることが多い。

つまり今日も、待っている可能性が大きいため。
あえてひとつ前の駅名を口にした。


すると運転手さんが何も言わず、ナビでその駅名までの道順を調べ始める。

「すいません…ありがとうございます」


なんだか申し訳なくなって、運転手さんにもお礼を言う。

すると運転手さんが振り返り、私に優しい笑顔を浮かべてくれた。


「お気になさらないでください。
あくまで神田様のご命令ですので」


神田様。

明らかに運転手さんは神田くんよりも年上。
それなのに彼のことを“神田様”と呼んだ。


それに今ここには、神田くんの本名を知らない涼雅くんがいるというのに───

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