ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】

雅樹、と呼びそうになった口を一度閉じて。
もう一度開いた。
「矢倉さん、ご無沙汰しています」

「なんだよ、随分他人行儀だな」
彼――矢倉雅樹(やぐらまさき)は笑いながら立ち上がった。
きゅっと悪戯っぽく眉を吊りあげる仕草も、変ってない。

「あれ、お二人ってお知り合いだったんですか?」

樋口さんの不思議そうな声に、「あぁ俺たち――」と雅樹が口を開きかけるのが見え。
「はい、以前一緒にお仕事させていただいたことが」
急いで先手を打った。

「樋口さん、大河原部長、ちょっとこっちよろしいですか? 商品のことで確認があるんですけど」
田所さんがこっちを一瞥する。
どうやら気を利かせてくれたらしい。

離れていく2人と入れ替わるように、背後にコツンと足音がした。

「俺は別に構わないけど? 昔のことがバレても」

穏やかな低い声音も変わらない。
この声好きだったな、なんて。
思い出に浸りそうになる自分を、なんとか現実に引き戻した。

「特に言う必要もないでしょ? 余計な気を遣わせたくないし」

肩をすくめて言ってから、「それより」と振り仰いだ。
「雅樹がオオタフーズの仕事してたなんて、知らなかった」
「別れた後だったからな、始めたのは」
「順調なのね、よかった」
「誰かさんが全然仕事くれなくなったから、営業頑張ったんだよ。褒めてくれ」
「何言ってるのよっ。原因、そっちのくせに。自業自得でしょ」
笑いながら、こぶしで軽くその肩を小突いて。
割と平気なものだな、と少し驚いた。
もっと気まずい思いも覚悟したんだけど。

「はいはい、反省してるよ」
「今、思いっきり適当に言ったでしょ?」

軽いやりとりに、ここしばらく張り詰めていた気分が束の間和んだ――

「遅くなって、申し訳ありません」
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