ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】

<新着メッセージはありません――……か>

携帯をデスクに放り出して、窓辺に寄った。

表通りから少し中に入っているせいだろうか。
カレントウェブが入る低層ビル、その執務スペースから望むのは、落ち着いた住宅街だ。
いつもと変わらない景色を眺め、気持ちを静めようと試みても――

玄関先、泣きそうな顔で矢倉を見上げた飛鳥。
彼に支えられ、僕の視界から消えて行った細い体……

脳裏にフラッシュバックするシーンのせいで。
今にも白いものが舞いそうな、この重苦しいグレーの雲みたいに。
感情は、乱れに乱れ、ざわつくばかりだ。

……やっぱり会社なんか来るんじゃなかった。
仕事なんて、手につくわけがない。


飛鳥は完全に、僕をシャットアウトする気らしい。
週末の間中、電話には出てくれないし、メールもラインも無視された。

本気で僕と別れて、あの男と付き合うつもりなのか?
拒み続ければ、僕が諦めるとでも思ってるんだろうか。

たまらずガラスにこぶしを押し当てた。

そこへ。
コンコン、と軽いノックの音。

「ライアン、この見積書のデザイン費用なんだけどさ、数字がおかしくな――……どうした?」

しゃべりながら入ってきた拓巳が、ギョッと目を見張って足を止めた。
そんなにひどい顔をしてるんだろうか?


「……飛鳥と別れた」

「え」

< 160 / 343 >

この作品をシェア

pagetop