もうひとりの極上御曹司


「泣いてもいいのよ。だって、それが千春ちゃんの人生だもの。誰だってつらいことをやり過ごしながら生きてるし、千春ちゃんにとってはそれがご両親の事故ってだけ。こう見えて、私にも悩みはあるわ」

何故か胸を張ってそんなことを口にする緑に、千春は『桃ちゃん』のことだろうと考え表情を引き締めた。

昨夜愼哉から聞かされたことを思い出し、苦しくなる。

愼哉を見上げると、戸惑いの表情を浮かべていた。

緑はふふっと笑い声をあげた。

「愼哉は千春ちゃんと結婚して親孝行をしてくれるけど、悠生ってばおつきあいしている方を一度も紹介してくれないの。私みたいな姑は面倒だから結婚が決まるまでは絶対に紹介しないって宣言しちゃって。見た目は王子様なのに、中身は魔王。私がこんなに悩んでるというのに、今日もさっさとお仕事に行っちゃうし」
「は……はあ。それは、大変ですね」

予想とは全く違う話の流れに、千春は愼哉と顔を見合わせ脱力する。

まさか、そんな悩みを抱えているとは……。

たしかに悠生ならきっぱりと言いそうだけれど。

そう考えながらも、これはきっと緑の気遣いだと察した。

結婚以来、『桃ちゃん』のこと以外にも口に出せない悩みをたくさん抱えているはずだ。

それでもこうして笑いに変えて千春を励ましてくれる。

愼哉も言っていたとおり、悩みや苦しみを抱えながらもちゃんと生きていけるのだと、教えられた気がした。

そして、目の前でぷんぷんしている緑の可愛らしさに、くすりと笑った。

「私と一緒に、悠生さんが花嫁さんを紹介してくれるのを楽しみに待ちましょう……お、おかあさん」
「まあ……」

口ごもりながらも緑をおかあさんと呼んだ千春を、愼哉と成市がハッとした表情で見つめた。

もちろん緑も驚き、そしてすぐに表情を緩めた。


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