Toxic(※閲覧注意)
広いエントランスに着くと、ちょうどエレベーターホールの方から、柴宮大和が歩いて来る所だった。

「お忙しい所足を運んでいただき、本当にありがとうございます」

柴宮は爽やかな笑顔で私を迎えた。

私が来たことに対して「申し訳ありません」という謝罪ではなく「ありがとうございます」というお礼の言葉をチョイスする辺り、彼の力量が窺える。

ひたすら下手に出てヘコヘコするのも、手法としてはアリだが、マイナスな言葉を避け、自信に満ちた態度で接するのも大切なことだ。

ビジネスマンとして、そして男性としても、とても魅力的に見える。

……いや、男性として、は今は関係ないけれど。

「そういえば、パンフレットは見ていただけました?」

エレベーターに乗り込むと、柴宮がこちらに視線を向けた。

「ごめんなさい、時間がなくて」

私が正直に答えると、柴宮は少し表情をゆるめた。

「ですよね、繁忙期でそれどころじゃないですよね。まあ、うちもなんですけど」

エレベーターの中はそこそこ混んでいて、その半分くらいが外国人宿泊客だった。

「そういえば、柴宮さんはインバウンド担当初めてですか?」

「ええ、ずっと他の課の営業でした」

「ああ、そうなんですね」

私が相槌を打つと、柴宮は何故か少し楽しそうな表情を浮かべた。

「でも、夏目さんのことは前から知ってますよ。前担当の佐野から聞いてたんで」

「え?」

「『高過ぎる!』とか『なんとか部屋を空けろ!』とか、いつも無茶苦茶言う、怖ーいお姉さんって」

「なっ……」

「でも、その『怖ーいお姉さん』が、まさかこんなに綺麗な方だとは思いませんでしたけど」

そう言って微笑む柴宮から、またラ・フランスの甘い香りがした。
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