Toxic(※閲覧注意)
「ええ」

私は、つい緩みかけていた顔を引き締めて、仕事スイッチを入れ直した。

「私にあの和食レストランを営業してほしいっておっしゃってましたね。どういうことです?」

「えっと、夕方、お部屋の料金表をメールしたんですが、見ていただけました?」

「ええ、拝見しました」

「今後、あれとは別に、先程の和食ビュッフェをお夕食としてセットにした宿泊プランを、4月からインバウンド向けに売り出していく予定です」

「なるほど。で、私に営業してほしい、というのは?」

「宿泊で当ホテルを使って下さるお客様に、お食事のプランとしてお薦めしていただきたいな、と」

「……ん?」

思わず、素で首を傾げてしまった。

訪日外国人のツアーを組み立てる上で、食事のコーディネートはとても面倒だ。

旅行者は勝手に、あれが食べたいこれも食べたいと希望してくるが、言葉の壁や文化の違いが足を引っ張って、受け入れてくれる店は多くない。

ツアーの人数が増えれば増えるほど、どんどん厄介になってくるので、この時期は特に苦労する。

だから、宿泊するホテルに、そういったインバウンド向けの食事がメインのプランがあれば、頼まれずとも当たり前に打診するだろう。

私に営業しろだなんて、一体どんな突拍子もない話なのだろうと身構えていたのに、あまりに拍子抜けだ。

「あの、何か……もう少し具体的に、こうしてほしい、みたいな説明がほしいんですが」

「具体的に?……そうですね、まあ『こういうのもありますよ』って軽く提案してくだされば」

「……あの、そうではなくて」

「価格が正式に決まり次第、セットの料金表もメールでお送りしますので、よろしくお願いいたします」

「いや、だから」

「というわけで、仕事の話は以上です」

柴宮は目を細め、にっこりと微笑んだ。

「…………え?」

仕事の話、もう終わり?!
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