Toxic(※閲覧注意)
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指定された南口改札前に着いたのは、約束の時間の15分も前だった。

逃れられない仕事が舞い込んで来る前に、早々に職場を逃げ出したのだ。

こんな時間に帰り支度をする私に、部長が驚いた視線を向けたけれど、さすがに何も言わなかった。

まあ、つい先週13連勤した人間に文句を言うようなら、私はとっくにこの会社を辞めている。

とりあえず、改札辺りのできるだけ端の方に立って、柴宮大和を待つことにした。

こんなに時間が余るなら、一服してから出てくればよかった。

とにかく自由を愛する射手座のO型は、人を待たせるのは得意だが、待つのは大の苦手なのだ。

だって、待つってそこに拘束されることでしょ?

待機時間ほど無意味で無駄なものは、他にそうそうない。

近くに喫煙所なかったっけ。

電車乗る前に吸うことなんてないから、わかんないなあ。

タバコというのは不思議なもので、思い出してしまったら最後、急に吸いたくてたまらなくなる。

柴宮大和が喫煙者なら、これから向かう店によっては吸えるけれど、彼が吸うのかどうか、私は知らない。

何しろ私と柴宮は、まだ一度しか面識がない、ほぼ赤の他人なのだ。

ブリリアントのあのイタリアンは、全席禁煙だったし。

『次は絶対に落とすから覚悟してて』

あのディナーの時に、彼はそう言った。

落とすって、そもそも柴宮にとっては、何をもって「落とした」になるのだろう。

いや、そんなことより、今はタバコ……。

「夏目さん、お待たせ」

不意に背後から、甘い香りと甘い声がした。

タバコのことなんて、一瞬で忘れた。

わざとゆっくり振り向いて、

「ああ、柴宮さん。おつか」

お疲れ様、と言いかけた私の口は、もう、彼の唇にきつく塞がれていた。

「…………んっ……」

……焦らされまくりそう?

訂正、即死しそう。
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