耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

***


「ただいま。」

いつものように「おかえりなさい」という声はない。
それもそうだ。そう言って迎えてくれる彼女が今はまだ、いつもの店で働いていることは、怜にも分かっている。
あの鈴を鳴らしたような声が聞こえないだけで物足りなさを感じてしまう自分に気付き、怜は苦笑した。

(ミネが帰ってくる前に準備しようと思って急いで帰ったんだったな。)

のんびりしている猶予はあまりない。怜は急いで家の奥に入っていった。



スーツから普段着に着替えた怜は、エプロンを着けてシンク下の開きを開け、そこから何やら大きな瓶を取り出した。
蓋を開けると甘く芳醇な香りがする。その香りに、今はここに居ない彼女の笑顔が思い浮かんだ。

(今朝は全然こっちを見てくれなかったな……)

当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。本人に断りの一つもなくいきなりキスをしたのだから。

この一か月間、二人は一つ屋根の下で暮らしてきたけれど、怜と美寧はそういう雰囲気になったことはない。怜は美寧をとことん甘やかしてきたが、それはいわゆる男女の雰囲気とは程遠く、言ってみれば“年の近い叔父と姪”のような感じだった。

二人の歳の差や美寧の無邪気さもその理由の大半ではあるが、怜の習性もその一端を担っているだろう。

怜の勤める大学には、美寧と同年代の女生徒も多く在籍している。怜の専門分野は応用生物化学。ざっくりと括るならバイオテクノロジーと呼ばれるもので、理系の研究室の中では、女子学生が多い方だ。研究室に出入りする彼女たちに指導者以上の好意や誤解を持たせない為に、怜は丁寧な口調と一定の距離感を崩さないように気を付けている。

そんな日頃の習慣からか、最初は同じように美寧に接していた怜だが、いつしか本来あるべき距離感を取るのが難しくなってきたことに、怜自身は気付いていた。

(拾ったのは子猫だと思っていたのだが……)

堅く閉じていると思っていた蕾は、毎日与えられる光と水に瞬く間に花開こうとしている。
美しく花開く直前の瑞々しい香りが、怜の奥底に仕舞っておいた熱情を呼び起こそうとするのかもしれない。

怜は昨夜のことを思い返した。



< 27 / 353 >

この作品をシェア

pagetop