旦那サマとは打算結婚のはずでしたが。
「……ああ、まだ起きてたんだ」
ごめん、遅くなって…と謝りながら玄関から歩み寄ってくる皆藤さんは、何だか顔が赤く染まり、足元がフラついて酔ってるような雰囲気だった。
「あの、皆藤さん…」
名前を呼びかけた私はハッと口を噤ぐ。
よく考えてみれば、自分ももう皆藤になったんだ…と思い出し、名字呼びじゃなく、彼を名前で呼ばなきゃ…と思い直して相手に目を向け直した。
「未彩さん…」
寄ってきた彼は、ドア越しから顔を覗かせる私に近付くと壁際に手を付き、じっと上から見下ろして、何か言いたそうな感じで唇を開きかけたんだが……。
「……いや、何でもない」
おやすみ…と挨拶するとふらふらしながら手を離し、ゆっくりした歩調で向きを変え、反対側にある自分の寝室へ行こうとする。
(あっ…)
ふわっと、その瞬間漂った甘い香りに、私はぱっと目を見開いた。
え?…と驚きながら彼の背中を見つめ、香りを確かめるように目線を送る。
だけど、皆藤さんはその視線に気づきもせず、自分の寝室のドアを開け、中へ入ろうと足を運んだ。