ビタースウィートメモリー
翌日、外資系から国内のメーカーまで、多種多様なブランドが勢揃いした夏の新作のイベントに、悠莉は出席した。
リコリス化粧品のブースは小さいが、それなりに盛況だった。
ペニンシュラで発表会があった〝レモングラス〟の夏限定のマニキュアは、特に評判だ。
やはり、一度塗ると四日は落ちないというのは、大変魅力的な機能である。
発色と機能性は問題ないがボトルデザインが微妙なため、いまいち買う気になれないという招待客の声もしっかりメモした。
特に盛り上がりはなかったが、イベントはまずまずの成功だった。
報告書に書く内容に困らない程度の充実感はあったため、悠莉はほくほく顔で新幹線に乗った。
帰りの荷物には紙袋が二つ増えていた。
一つは営業一課全員へ、もう一つのほうは吉田個人への土産だ。
シェルティのメープルフィナンシェを選んだが、多分嫌な人はいないだろう。
営業一課にアレルギー持ちがいると聞いたことはない。
吉田も、ホームパーティーの時にシュークリームを食べていたのだから、甘いものが土産でも大丈夫だろう。
東京駅に着いた時、気合いを入れて荷物を抱え直し、悠莉はタクシーに乗りたい誘惑と戦いながら山手線のホームに向かった。
給料日まであと少し、積み立て預金の五千円を除けば、全財産はたったの一万円だ。
今週末には女子会が控えているのだ。
贅沢は出来ない。
聞き慣れたアナウンスが流れ、ちょうど内回りの電車がやって来た。
そこそこ人がいて蒸し暑い車内に乗り込み、揺られ続けること数分、自宅の最寄り駅に着いてから、悠莉はキャリーバッグを引きずり早足で家路についた。
マンションが見えてくると、男性が入口前に立っていることに気づく。
悠莉の住むマンションはオートロックだ。
鍵を忘れたのか、住人の誰かを尋ねたのか、彼は暇そうにぼうっとしている。
背が高くスーツに包まれた立派な体躯は大地を彷彿とさせる。
空を仰いでいた彼と目が合った瞬間、悠莉は固まった。
「青木、おかえり」
マンションの前に立っていた男性は、大地に似ているのではなく、本人だったのである。