alice in underland
 アリスはチャールズと一緒に廊下に出ると、あちらこちらに看護師が倒れていた。
「殺したの?」
「いいや、睡眠薬の注射で眠らせてあるだけ。さ、早く。奴らが目覚める前にここを出るんだ」
 長い廊下を通り抜けると、患者室の扉が連なるホールへ二人はたどりついた。
「チャールズ、お願い。待って」 
 先に進もうとしたチャールズが振り返ると、アリスが患者たちの扉をこじ開けていた。
「アリス、何してるんだ! 早くしないと奴らが」
「このまま放っておけない!」
 尚も扉と奮闘するアリスにチャールズは、やれやれと首を振った。
「分かったよ」
 チャールズはアリスに手を貸すと、意外にもすんなりと扉は開いた。
「あれ?」
「アリス、これは押すんじゃない。ひくんだ」
 扉の中には以前、アリスにルイス・キャロルの新聞記事を渡してくれた老人が目をぱちくりさせていた。
 二人はホール全ての扉を開け放つと、再び長い廊下を走り渡った。
「逃亡者だ!」
「いけない、ばれた」
「もう少しで出口なのに!」
 廊下の曲がり角より、黒い服の警備員が警棒を振りかざしながら、アリス達に迫ってきた。
 そして、太い腕がアリスにつかみかかろうとしたがアリスはその手をのけぞって交わすと、バレリーナの様に高く上げたつま先を警備員の無骨なあごにヒットさせた。
「ぐあっ!」
 不意の攻撃に警備員はカエルが潰れたような不快な声を出して、倒れ込んだ。
「君のその身体能力はどこで手に入れたんだ?」
 チャールズはアリスの戦闘力に半ばあきれていた。
「私が閉じ込められている間中、単に呆然としているだけだと思った?」
「ああ、病室トレーニングが功を奏したようだね」
 チャールズはアリスを茶化しながら、更に現れた警備員を腰にしまっていた麻酔銃で、2人、3人と倒していった。
「それがあるなら、最初から使ってよ」
「麻酔弾は、一介の数学教授には高い代物なんでね。それに僕の射撃の腕は、自慢できた物じゃない。アリスを傷つけないためにもあんまり使いたくはないんだよ。さあ、ここを抜ければ中庭に車を停めている」
 チャールズに従って、アリスは石畳の階段を下った。
 久しぶりに長距離を走ったために、膝は軋み、足の裏は擦り切れて血が滲んでいたが、希望に包まれたアリスには平気だった。見えてきた光を逃すまいと懸命に走った。
 そしてとうとう、緑の草が茂る中庭に出ると日の光がアリスの目をさした。
「ああっ!」
「アリス!」
 強い光を浴びたアリスは、途端に脳裏に悪夢の様な映像が映し出されるのと足元が崩れ去っていく感覚にとらわれた。
(そんな、こんな時に…)
「そうだ、アリス苦しいだろう」
「ラース!」
 膝から崩れ落ちたアリスを芝生に横たえたチャールズの背後には、抜け道を通ってきた血まみれのラースが立っていた。
「幼い頃から、少しずつ与えてきた甘美な幻覚剤だ。そう簡単には消えやしないよ」
(そんな…この症状は事故の後遺症じゃなかったの!?)
 アリスは、薄れいく意識をわずかに残った気力だけで繋ぎとめている状態だった。
「ラース、君のやった事は全て僕が暴いた。アリスが事故にあった時から偽りの薬を使い続けてきたんだろう!」
 チャールズは麻酔銃をラースに向けて発砲した。が、打たれた衝撃で少しのけぞったものの、ラースは不敵な笑みを浮かべたままだ。
「残念だったな、チャールズ。専門家の私に麻酔は効かないんだよ! 人を殺せないその甘さが命とりだったな!」
 すると、ラースは白衣の下からメスを取り出してチャールズに襲い掛かろうとした。
 しかし、チャールズは麻酔銃をさげた。
 ラースの背後には無数の患者たちが忍び寄り、一斉にとびかかってきた。それは、アリスが見捨てずに自由にした者たちだった。あっという間にラースは取り囲まれ、メスは採り上げられ、壮絶なリンチのうちに最初はあげていた悲鳴もやがて聞こえなくなった。
「アリス! アリス聞こえているか!? もう少しだ、もう少しで君は自由になれるんだ!」
 アリスに向き直ったチャールズは、懸命に声をかけ続けたが悪夢に捕らわれたアリスの意識はそう簡単には戻ることができない。
 悪夢の中でアリスはもう一人の自分と戦っていた。ここで負ければ今度こそ完全に彼女の自我は失われてしまう。
「そうだ、これでアリスを救えるかもしれない」
 チャールズはポケットに入れていた麻酔弾用の稀釈剤のカプセルを口に入れるとそのままアリスに口づけた。舌で押し込むと、アリスの喉が動き、暫くして閉じかかっていた瞼が花が咲くように開いた。焦点はチャールズの顔で結ばれ、少し驚いているようだ。
「ああ、良かった!」
 チャールズは口を離すと、アリスを思いっきり抱きしめた。
 自体がまだ呑み込めていないアリスは、頬を桃色に染めながらチャールズの胸の暖かさを感じていた。
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