神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 ゼラキエルの緑玉の瞳が僅かに背後を振り返らんとするが、既に遅い。
 その背中に鋭い痛みの衝撃が走り、さすがの魔王も、これには僅かに驚愕して、その端正な顔を鋭く歪めた。
「魔の者は、術者の気配には鋭敏だが・・・どうやら凡人の気配にはうといようだ」
 どこか愉快そうにそう言った声は、若い女性の声であった。
 それは正に、あのエストラルダの女剣士ラレンシェイの声に相違ない。
 魔王の体を背後から腹まで突き貫いたのは、危機に直面した見習魔法使いを救うために彼女が振った鋼の剣であったのだ。
 鋭利に煌くその刃を伝い、本来なら、魔物が持つことのない赤い鮮血が床の上へと滴り落ちる。
「・・・・・私としたことが・・・・雑魚を忘れておったわ・・・・
そなた、見事な紅の髪だ・・・・まるで、あの女性(にょしょう)のようだ・・・・その気強い眼も・・・・」
 どこか愉快そうに細められた緑玉の瞳を、黒衣の肩越しに背後に向けながら、ゼラキエルの唇が、何故か不気味に微笑んだ。
 その瞬間、ウィルタールの首を締め上げていた黒い炎の縄が、一瞬にして消え失せる。
とたん、彼はごほごほと咳き込みながらしびれる腕で必死にリーヤを抱え、床に両膝をついたのである。
 そんな彼の肢体を、突如飛来した蒼い閃光を纏う疾風の壁が包み込む。
 その安心感のある気配に、彼はハッと肩を揺らした。
 未だにかすんだままでいる視界に急速に飛び込んでくる、輝くようにたなびく蒼銀の髪と旋風に翻る蒼のローブ。
 それは間違いなく、ウィルタールが敬愛して止まないロータスの大魔法使いスターレットの姿であった。 
「よくやったウィルト、腕を上げたな」
「スターレット様!!」
 瞬時に空間を飛び越えて、その場に姿を現したロータスの大魔法使いスターレットは、背後でうずくまる愛弟子を、深紅に輝く神々しくも禍々しい眼差しで僅かに振り返った。
そして、その両眼を鋭利に発光させながらゼラキエルに向き直ると、魔王の背後にいるラレンシェイに叫ぶように言うのだった。
「ラレンシェイ!!退(しりぞ)け!!」
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