神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
どこか焦った加減の彼の声に、ラレンシェイは、即座にゼラキエルの体から剣を引き抜き後方に飛び退った。
 異国の美麗な女剣士の持つ見事な赤い髪が虚空に乱舞する。
ゼラキエルの体を取り囲んでいた黒い炎が、にわかに揺らめきたち、一瞬、スターレットの視界からその姿が消え失せる。
「やめろ・・・・!!」
 いつになく鋭い声を上げた彼の眼前で、あろうことか、洗練された武人の身のこなしで後方に退いたラレンシェイのしなやかな肢体に黒炎が絡み付いた。
 その炎の合間からゼラキエルの腕が伸び、そのまま彼女の体を恐ろしいほどの力で抱きすくめたのである。
「何!?」
 気強い彼女の鋭い茶色の両眼が、驚愕に見開かれた。
 ゼラキエルの右手が、赤い布の巻かれた彼女の額を背後から掴む。
 それは正に一瞬の出来事であった。
「『フェイ・ドル―ガ』!!」
 スターレットの声が古の呪文を紡ぎ出すが、間に合わない。
 ゼラキエルの長く黒い爪が、ラレンシェイの綺麗な額に食い込んで、そこから黒い炎を揺らめきたたせた。
「あぁっ!!」
 大きく瞳を見開いて、短い悲鳴を上げた彼女の体が魔王の翻す黒衣の中へと飲み込まれていく。
 甲高い音を立てて、ラレンシェイの手から鋼の剣が床の上に滑り落ちていった。
 ゼラキエルの纏う黒い炎が、刃を持った疾風を真っ向から弾き返し、薄ら笑いを浮かべるその姿が、突如空間に開かれた時空の歪みの中へと急速に遠ざかっていく。
「ラレンシェイ!!」
 蒼いローブを翻し、思わず伸ばしたその指先が虚空を掴んだ。 
驚愕して深紅の瞳を見開くスターレットの眼前で、美しき異国の女剣士を手中に納めたゼラキエルの姿は、黒炎と共に消失していく。
「ロータスの者よ・・・・そなたが心を揺らしたこの女は、私がもらい受ける、いずれ、我が僕(しもべ)の憑(よりまし)としてそなたに返そう」
嘲るようなその言葉が広間の只中にこだまし響き渡った。
そして、魔王と呼ばれた青年の気配は、完全にその場から消えた・・・・。
 ざわりと、スターレットを取り囲んだ疾風がけたたましい悲鳴を上げる。
「・・・・おのれ!ゼラキエル!!」
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