女を思い出す時
「じゃあ行ってくるよ。
紀香は仕事なのに悪いな。」

いつものように早朝から用意を終えた夫が
車にゴルフバックを詰め込んでいた。

「いってらっしゃい。
夕飯は食べてくるんだもんね?」

「うん。
俺のことはいいから紀香も
ゆっくり過ごせ。」

「はい。」


俺のことはいい・・・・
そうだろうね。


「楽しんできてね。」

「え?」
怪訝な顔で夫が振り返ったのが
おかしくて

私は思わずケラケラ笑って手を振った。


夫の心の中に少し疚しさがあるんだ。


ゴルフっていう愛人と過ごす事にね。


夫を送り出して 鏡の前に立つ。

翔に拒絶されたけれど
翔に会える

そう思うと胸が高鳴って少しでも
翔に美しく映りたい

そんな心が私を女にする。


念入りに化粧をする。
ただの掃除のおばちゃんなのに・・・・・

いつものカンタンメイクから一転

アイラインまでひいてみた。


胸の高鳴り・・・・・
沸き上がる思い・・・・・


ただ会えるだけでいい。
翔と同じ空気を吸うだけでいい。


翔にまたあの時みたいに愛してもらおう

そんなことを求めるには
私は年を取ってしまっているもの。


「なんか 私生きてる・・・・・。」

澄んだ空気が冷たくて
でも高揚した頬を少しだけ冷やしてくれる。

ペダルをこぐ足に力が入る。


そう何も求めてはいけない。

私の居場所は今 ここしかないし・・・・
真美や錬は生きがい


これ以上の贅沢はない。


そして昔愛した男に会える・・・・・。


「生きてるよ 私・・・・・!!」


こんな気持ちのいい朝を迎えられるなんて
絶対にないって思っていた。


まるで恋を知ったあの頃みたい。


活力が沸き上がってくる。


「紀香は生きてるんだ!!」

そう叫びながら 翔のいる病院へ自転車を走らせる。
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