甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
胸が張り裂けそうにドキドキしている。

一つに束ねた髪がさっきの衝撃で半分落ちてきていた。

遠くで鳴いていたセミの声が一斉に止む。

静かで暑い日差しが私たちの空間を鋭く差している。

呼吸するのももどかしいくらいに胸が高鳴り、落ちてきた髪をそっとかき上げながら顔を上げた。

間宮さんは何も言わず私をじっと見つめたまま動かない。少し寂し気に見えたその目にぐっと胸が締め付けられる。どうしてそんな顔してるの?

何か言わなくちゃ、失礼だよね。

せっかく助けてくれた彼に。

「ありがとうございました」

そう言った声がかすれてる。

ようやく彼の口元が緩み、私からすっと視線を落とした。

「……ケガがなくてよかった」

そう小さく呟いた彼は、足元に横たわっている私のスーツケースを起こすと軽々と持ち上げ、マンションの前方に停めている自分の車の方に歩いていった。

シンプルな黒いTシャツを着た彼の背中。彼はとても黒が似合う。

その後ろから見た首元はとても清潔感がある。無駄なものが何もないような美しさ。

少し汗ばんでいたとしても、それが逆にとても色っぽく見えた。

きれいな女性を見て、美しいと見惚れる男性の気持ちが少しわかるような気がした。

そんな彼の後ろ姿を見つめながら、さっきまで激しく打っていた鼓動が少しずつ治まっていく。

彼は車のトランクを開けスーツケースを中に入れている。

私も間宮さんに任せっきりでぼーっとしている場合じゃない。

慌ててリュックを肩にかけなおし、車の方へ速足で向かった。



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