図書館
3本ぐらい吸った頃かな。

おれはタバコを1本吸うのに3分かかる。
でも、何本も続けて火を点けるわけじゃないから、
だいたい15分ぐらい経った頃かな。

男はついに行ってしまった。
怒鳴る相手のいなくなったあいつは、
益々、一層みじめだった。
開かないドアの前で立ち尽くす感じ、
目の前で閉まったドアを睨みつける感じ。
きっとそれくらい寂しかった。

「それはお前が正しいよ。」

おれの声じゃないみたいだった。
おれは知らない人間に
話しかけることはしない。
話しかけられるのも苦手だけれど
話しかけるのはもっと苦手だ。
でも、気が付いたときにはもう……

「まったくお前が正しいよ。」

何を叫んでいたかも知らないくせに。
おれは、おれの口は、運命はただ、そう言った。

それはきっとあいつが
そう言って欲しそうだったからだ。

きっと自分よりずっと悲しいあいつに、
同情してしまったんだろうな。
おれは思わず言葉を続けた。

「盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど、
思わず聞いてしまったんだ。
ほら、あんなにでかい声で話してたからさ。
でも、あれはお前が正しいよ。」

あいつはおれが突然話しかけたのに、
驚いた顔も見せず「にっこり」笑った。
いや、「にやり」と笑ったのかもしれないし、
「フン」と鼻で笑ったのかもしれないな。

ほら、おれはそういうことがわからないんだ。
人の気持ちが分からないのかな。

でも、あいつが悲しいことは分かったんだ。

だからおれはあいつを誘って、
もう一度その洒落た居酒屋に入ったんだ。



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