身ごもり政略結婚
「お金持ちなんだよね」
個人で、しかもあんなに大量に買っていくお客さまは少ない。
練り切りはそれほど日持ちするものではないので、もちろん分けて食べているとは思うけど。
「差し入れ、かな」
会社に差し入れとか?
でも、運転手がいるということはそれなりの地位の人だろうな。
そんなことを考えながら店内に戻ろうとしたとき、玄関の上に掲げてある看板が視界に入る。
クスノキの一枚板に【千歳】と味のある字で書かれたそれを見ていると、たまらなく寂しくなる。
「なくなるのか……」
幼いころから長く時間を共にしてきたこの店がもうなくなるなんて信じられない。
父の役に立ちたかったのに、和菓子もまともに作れないし、十年ほど前に病気で亡くなった母のように経理にも明るくない。
結局私はなんの役にも立たなかった。
「お父さん、ごめんね」
ひとりでボソッとつぶやいてから店内に入った。