わがままな美人
脳裏に浮かぶのは、帰り際、受け取るしかなかった副社長の伯母──今村 寿子の名刺。
絶対にこちらから電話することはないが、母親が送り付けてきた見合い写真同様、捨ててしまうのは気が引ける。
とりあえずは名刺ホルダーに入れて保管するが、使い道はないだろうな。
「……副社長も大変ね」
さっさと結婚すればいいのに、と言ったけれど、実際に寿子と接してみるとよくわかる。
千秋の大変さが。
あのお節介を何回も受けている千秋の苦労を思うと、同情を禁じ得ない。
香子がたった一瞬でありがた迷惑と思ったのだ。
千秋にとってはいい迷惑だろう。
「仕方ない」
同情してしまったし、祝賀会の同伴者、引き受けてあげようじゃないの。
これも仕事と割り切れば、どうってことない。
何度も経験してきたことだし、慣れたもの。
香子は出来上がった炒め物を皿に盛って、ご飯も忘れずトレイに乗せて、テーブルへと移動する。
もう仕事について考えるのは終わり。
晩ご飯を食べたらお風呂に入って、キンキンに冷えたビールを飲むの!
「──いただきます」
箸を手に取り、香子が炊き立ての白いご飯を口へ運ぼうとした瞬間、スマホに電話がかかってきた。
「…………げ」
なんてタイミングで電話してくるんだ。
着信画面に表示された三文字を見た途端、食欲が失せてきた。
「……なあに?」
『写真、届いた?』
電話をかけてきたのは、母親だった。
普段、滅多に電話をかけてこない母親からの電話。
一昨日のことがあるから、出るのは躊躇われたけど、気になってしまうのも事実。
だから出たけど、やっぱり内容は予想した通りのものだった。
「……届いたよ」
『そう、よかった。中は見た? あんたのことだから、どうせ見てないんでしょ?』
離れていても、母親は娘のことをよくわかってる。
『いい人なのよ? 見てみなさいよ。そのくらいはいいでしょ?』
「…………」
見る気なんてない。
けど電話の向こうにいる母親は、少しばかり譲歩しているような雰囲気だった。
香子はどうしようか迷ったが、結局、本棚に押し込んだ茶色い封筒を取って来ることにした。
「……なんか、なんだろ……真面目そうな人、ね」
『あら、わかった? とっても真面目な人なのよ。公務員でね──』
饒舌になっていく母親を遠くに感じながら、香子は写真の中の男性を見つめる。
背景はいかにもお見合い写真です、と言わんばかりの地味な色合い。
その中で、写真が苦手なのかもしれない、表情がこわばっている。男性はグレーのスーツ姿で、眼鏡をかけている。年齢は三十代後半? 十人中十人が、口をそろえて“真面目そうですね”、と言いそうな風貌の持ち主。
それ以外に、言葉が浮かんでこない。