わがままな美人
きっと自分の目は、自分が思っている以上に贅沢になってしまったのだ。
毎日のように顔を合わせる上司が、あんなにも美形だから。
ちょっと感覚がおかしくなってるのかも。
『──香子? ねえ、ちょっと、聞いてるの?』
「……ごめん、聞いてなかった。疲れてるのよ。仕事から帰ってきたばっかりだし……」
『仕事も大事だろうけど、他にも大事なことはいっぱいあるのよ? このお見合い、真剣に考えてみない? それに……たまには帰ってきなさい』
「……そうね。ちょっと考えてみる」
帰ってきなさい、という母親の声が、思っているよりもずっと寂しそうだったので、香子は思わず、そんなことを言ってしまった。
「うん、じゃあね。……大丈夫、心配しないで」
電話を切って、香子はふと思う。
両親はいくつになったんだっけ?
妹は旦那さんとうまくいっているのかな?
そういえば、姪っ子は五歳になったのか。
「……結婚、ねぇ」
膝の上、開きっぱなしの見合い写真。
その中にいるのは、写真が苦手なようで、こわばった表情の真面目そうな男性。
この人と結婚する──。
ダメね。ちっとも想像できない。
そもそも結婚する気がないんだもの。誰が目の前に現れたって、この気持ちが変わるはずない。
香子は見合い写真を封筒に戻し、再び本棚へと押し込む。
ちゃんと目を通したんだから、もういいでしょ、と言わんばかりに。
「さて、と」
気持ちを切り替えるようにテレビのリモコンを手に取り、おもしろそうな番組を探す。
良さそうなものを見つけたらリモコンを置いて、かわりに箸を取り、食べ始める。
ご飯はすっかり冷めていた。


