新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
私が最後に書いた日記は、事故に遭う2日前のものだった。

そう。この3日後の朝、病院で目を覚ました私は、7年分の記憶を失っていた。

階段から落ちたあの日は、朝から部屋の荷物をまとめていて……その明らかに異様な状態の室内を残したまま出勤してしまった私は、皐月くんに見られてしまう前に、急いで帰宅しようとしていたのだ。

だけど、それは遅かった。

おそらく先に帰宅していた彼は、開きっぱなしのドアから私の部屋の様子を見てしまったはずだ。

何かを察した皐月くんは、私が帰宅するのを待たずに通勤ルートであるこの公園まで迎えにきた。

そして、私が階段から落下するさまを目の前で見てしまったのだ。

日記から顔を上げ、深く息を吐く。

いつの間にか街灯がつき、辺りは暗くなり始めていた。

本当なら、夕飯の準備をしている時間だ。だけど先週から皐月くんの仕事が忙しくなり、帰宅も連日夜9時前後だった。

今朝家を出るときにも「今日も遅くなると思う」と言っていたし、まだ時間に余裕はある。だからこそ、私はこうして思い入れのあるこの公園を訪れたのだ。

……まさか、皐月くんとキスできるなんて、夢みたいだったな。

記憶を失っていた期間にあった出来事は、全部覚えている。

今までだって優しかったけれど、この1ヶ月半ほどの私に対する皐月くんの甘やかしぶりは、一段と顕著だったように思う。

たとえそれが、記憶喪失になった私にただ気を遣っていただけだとしても──まるで、本当に彼の特別な存在になれたような気がして、うれしかった。
< 167 / 210 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop