新妻ですが、離婚を所望いたします~御曹司との甘くて淫らな新婚生活~
「礼……」



戸惑った様子で私の名前を呼ぶ彼の声がくぐもって聞こえる。

なんとなく、少し迷っているような空気が伝わった。

そのあと優しく抱き寄せられ、大きな手にゆっくりと背中を撫でられる。

1度ビクリと身体を震わせてしまったけれど、私は肩の力を抜いて、その体温に身を任せることにした。

……あたたかい。そして、優しい手。

ためらいがちに私の背中を上下するその温度に、昂っていた感情がだんだんと落ちついてくるのがわかる。

顔を隠していた手の片方を外し、きゅっと控えめに彼の着ているシャツの胸もとを掴んだ。



『……無理に止めなくて、いいよ』



そのときだ。

どこからか声が聞こえた気がして、涙でぐしゃぐしゃに濡れているにも構わずバッと勢いよく顔を上げる。

突然の行動に、皐月くんは驚いた表情でこちらを見下ろしていた。

そのまま私は、自然と唇を動かす。



「前、にも……こんなこと、あった?」



まるで子どもみたいに、泣く自分。

そんな私を抱きしめながら、背中を撫でてくれる皐月くん。

優しいその手に、私はとても救われた。

たぶん。きっと。

さっき聞こえた声は、いつかの彼のものだ。

ぼやける視界の中で、ふっと皐月くんが、小さく笑った気がした。



「さあ……どうだったかな」



後頭部に回った手が、そのまま私の顔を彼の胸に押しつける。

……今のは、どういう意味だろう。

今の──なぜか寂しそうに見えた、彼の微笑みは。

涙は止まらない。あふれるそれが皐月くんの服にどんどんシミを作っていくのに、頑なに彼は私を離そうとはしなかった。

泣いているせいで体力を消耗しているのか、ひどく頭がぼうっとする。

目の前にあるたくましい身体の少し早い鼓動を感じながら、私はまた、まぶたを下ろした。
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