偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~


 ある日の夕方。

珍しく遅くまで残って、受付の真鍋(まなべ)さんの仕事を手伝っていたわたしが帰り支度を始めていると、入り口のドアが開いた。

「那夕子、もう終わりだろう?」

 顔をのぞかせたのは、スーツ姿の尊さんだった。

「どうかなさったんですか? 明日まで出張だったはずじゃ?」

 カウンターから出て彼の方へと駆け寄った。

「妻が恋しくて、一日繰り上げて帰ってきた。デートしないか?」

「デ、デートって……」

 ニッコリと笑う尊さんは、わたしにバラの花束を差し出した。びっくりして目を見開く。

「これを受け取って、うなずいてくれるよね?」

 なんてキザな……とも思うけれど、悔しいけれど様になっている。

 わたしは思わず笑ってしまい「喜んで」とバラを受け取り誘いを承諾した。

カウンター内に置いてあったカバンを手に取る。

近くにいる真鍋さんの目がまるで王子様を見るかのように、尊さんをキラキラと輝いた目でみつめている。そして視線は尊さんに向けたままでわたしを肘で突く。

「ねぇ、あれが噂のご主人様」

〝ご主人様〟というパワーワードに照れてしまい「はぁ、まあ」と答える。

「いいわね~。バラの花束なんて主人からもらったことないわ。羨ましい。素敵なご旦那様ね」

 同意を求められて、「えぇ」とだけうなずく。本当は〝かりそめの夫婦〟だなんてとても言えない。

「では、お先に失礼します」

「はい、お疲れ様。今度今日の話じっくり聞かせてもらうからね~」

 ニヤニヤと冷やかしの笑いを浮かべる真鍋さんに見送られながら、入り口で立っていた尊さんに「おまたせしました」と駆け寄った。

「いいや、那夕子が働いてるのちょっと想像してた」

「なんですか、それ? 何のために?」

 入り口を出て歩き出す。

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