偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~

 残されたわたしはどうしたらいいのかわからずに、その様子を黙ったまま眺めていた。

 急にふたりっきりにされても、困るのに。

 先日キスして以来、彼に対する気落ちが大きく変化していた。

 隣にいる尊さんをチラッと見る。彼はわたしの戸惑いをわかっているのか、にっこりとほほ笑むと「行こうか」と手を差し伸べた。

 手を取るべきなのだろうか。一瞬悩んだものの、それを察ししたであろう尊さんがわたしの手を少し強引に取った。

「夫婦らしく、だよ。那夕子」

「……はい」

 強くもなく弱くもなく、優しくて暖かい大きくて安心できる手に包み込まれたわたしの左手。

 汗ばんでいないだろうか、胸のドキドキが伝わってしまわないだろうか。

 わたしが彼の手を取るのを戸惑ったのは、こうやって近づくと、自分の立場を忘れそうになってしまうからだ。

 尊さんはあくまで雇用主。少し特殊な仕事ではあるけれど、決してこんな気持ちを抱いていい相手ではない。
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