偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~

 当時は意地になっていたのだろう。そこまで自分がどん底にいるとは思っていなかった。

 けれどこうやって毎日、おばあ様のお世話をして、中村先生のクリニックで働き、ときどき秋江さんのお手伝いをする。そして尊さんの帰りを待つ日々は、わたしに心の平穏を与えてくれている。

「してほしいことは特にないんですけど」

「本当に、困っていることや、欲しいものは?」

 遠慮していると思われているのか、尊さんは探るようにわたしの顔を覗き込んできた。

 わたしは首を振って応えた。

「今は思いつかないので考えておきます。本当にみなさん、よくしてくださってお礼を言いたいくらいです」

「お礼ってなにに対して?」

 まったくもって見当もつかないようだ。顎に手を充てて考え込んでしまった。

 彼の様子に、思わず苦笑してしまう。

「僕がお礼を言うならわかるけど、どうして那夕子が?」

 そういうところが、わたしにとってはうれしいことなのだ。
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