偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
玄関の隣にある桜の木。足元には絨毯のように桜の花びらが舞っていた。
「いらっしゃいませ。川久保さま、お待ちしておりました」
「女将さん、お久しぶりです。ずいぶんご無沙汰しておりました」
タクシーを降り、出迎えてくれた女将さんに頭を下げた。どうやら尊さんもこの宿には何度か来たことがあるようだ。
「いつもご家族でごひいきくださって、ありがとうございます。そちらの方が?」
「はい。妻の那夕子です」
妻と紹介されて背筋がピンッと伸びた。きっとおばあ様が予約をするときにわたしのことについて話をしていたのだろう。
「お世話になります」
勢いよく頭を下げる。
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。可愛らしい方ですね、尊さんもいつの間にこんな方を?」
「でしょう? 自慢の妻です」
尊さんはわたしの背中に手を回して、誇らしげにほほ笑んだ。
決してそんなふうに言ってもらえるような、人間ではない。それでも彼の期待に応えるように、そういう人間になっていきたいと思う。
彼の方へ顔を上げると、彼もまたわたしを見ていた。お互い笑顔で見つめ合う。