偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「あらあら……早くふたりっきりになりたいみたいですから、早速お部屋にご案内いたしますね」
ちょっとからかわれて、顔が赤くなる。けれど、尊さんはうれしそうだ。もちろんわたしも。
「那夕子、はい」
当たり前のように手を差し伸べられる。
昨日までは、これも演技のひとつだと思っていたけれど、今、その手には嘘がない。
これからふたりで過ごす時間はすべて本物。ふたりの本当の時間がこれから始まるのだ。
部屋は、離れにある特別室だった。本館から続く廊下を歩きながら外を見ると、手入れされた庭園が目を楽しませてくれた。
青々とした立派な枝ぶりの木々が伸び、綺麗に刈り込まれたツツジや奥にはアジサイも見えた。きっと時季がくれば、玄関の桜の木のように、見る人の心を和ませてくれるに違いない。
「こちらでございます。川久保さまは色々とご存じでしょうし、早くゆっくりしたいでしょうからご説明は控えさせていただきます。なにかございましたら、おっしゃってください」
女将さんは頭を下げると、廊下を戻っていった。
「素敵なお部屋ですね」
扉の向こうはすぐに畳敷きになっていて、井草のいい香りが鼻をくすぐった。
尊さんに続いて部屋に入る。
「広いですね……それにすごくいい景色」
和風の造りだと思い込んでいたが、紫檀の大きな座卓に、同じ風合いの飾り棚。床の間には春らしいチューリップを使った生け花が飾られている。
加えて奥にはソファもあり、和と洋がマッチした落ち着いた雰囲気の部屋だ。
そして窓の外には広いデッキがありチェアも置いてある。ここからも庭園の一部が見えるけれど人影はない。もしかしてプライベートな庭なのかもしれない。
贅をつくした造りに興奮気味のわたしは、次々と部屋のあちこちを見て回る。
尊さんはソファに座って、用意されていた茶菓子を前にしてお茶の準備をしてくれていた。