偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「ありがとう。少し落ち着いた?」
「え?」
「ベッドをじっと睨みつけていただろう? 取って喰ったりしないから、安心して。君の合意が得られれば話は別だけど」
「ぶっ……ごほっごほっ」
「大丈夫? ああ、これを使って」
彼からおしぼりを受け取り、慌てて口元を拭う。動揺を落ち着けるように大きく息を吸い込んだ。
「突然こんなことになって、緊張してる?」
尊さんは座椅子に胡坐を組んで座りなおすと、わたしの様子を窺うように尋ねた。
「はい。実は……、いつもはみなさんがいるので、急にふたりっきりは、ちょっとどうしたらいいのか、困っています」
正直に今の気持ちを伝えた。
わたしがきちんとつき合ったのは、翔太が初めてだ。恋愛経験はたったのひとり。
わたしの恋愛スキルは平均点……にも遠く及ばないだろう。
大人なのだから、スマートに大人の付き合い方に戸惑わずに、なんでもないことのように自然にふるまえたらいいのに。
でも、わたしはそれを下手に隠したり取り繕ったりしなかった。彼にならば自分のこの気持ちをわかってくれると思ったからだ。
「そういうところもとてもかわいいと思ってる。そして実をいうと、僕も落ち着かない。だからお互い様ということで……せっかくのこの時間を楽しもう」
彼の言葉に驚いて、軽く目を見開く。
いつも大人でスマートな彼が、自分と同じような気持ちを抱いていたなんて。
うれしくて、くすぐったくて……言葉にならない温かい気落ちが湧いてきた。
わたしが「はい」とうなずくと、尊さんは「とてもいい返事だね」とにっこり微笑んだ。