偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
尊さんの判断が正しかったんだ。本当に抜け目がないな……。
彼の顔がまぶたの裏に浮かんできただけで、思わず頬が緩んだ。
いまだかつてこんなふうに思える相手なんて、いなかった。
ただ大切にされるだけでは、ダメだ。彼の隣に立ち、彼と同じものを見ていきたい。
「こんなんじゃ、ダメだ。しっかりしないと」
ぶんぶんと頭を振って、自分を鼓舞していると頭上から声がかかる。
「久しぶりだな。那夕子」
笑い交じりのその声を不愉快に感じた。顔を見なくても相手が誰だかわかってしまって、それがまた不快だった。
「しょ……片野先生。――ご無沙汰しております」
できれば一生会いたくないと思っていた。けれど会ってしまったのだ。できるだけ冷静に、なんでもないことのように振舞おうとする。
「ずいぶん他人行儀なんだな。知らない仲でもないだろうに。なぁ、那夕子」
わざと馴れ馴れしい態度で接してくる。こういう人なのだ。別れてもなお、過去の女はまだ自分に未練があるのだと思っているに違いない。
勘違いも甚だしい。
きっとわたしの、よそよそしい態度も気に入らないのだ。
向こうが一歩近づいてきた。縮まる距離に不快感を覚えて、椅子から立ち上がる。
「三島先生の代理でパーティに来たんだ。まさか、那夕子もいるなんてな。それならもっと早くに来るんだった」
わたしを、翔太は上から下まで舐めるように見てきた。全身に怖気が走り、わたしは無意識のうちに、自分を守るように自らの体を抱きしめていた。
「他人の金で、ずいぶん化けたじゃないか。あのときの男と付き合っているのか?」
なんという言い方だろうか。下品きわまりない言動に、不快感が増していく。
「失礼な言い方をしないでください」
「事実だろう。俺とつき合っているときは従順なふりをしていたけど、本当は俺の金が目当てだったんだろう」
なぜそういう話になるのだろうか。いつわたしが、翔太にお金を無心したというのだろうか。