偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「名刺は結構です。誰とでも交換するわけではないので」
鋭い視線と怒りに満ちた声色。
それはわたしが始めて見た尊さんだった。いつもは温和でユーモアに溢れている彼の怒りは、その場の空気さえも凍りつかせるほどだった。
先ほどまで高圧的な態度だった翔太も、一瞬ひるんだ。
「はっ、ずいぶん偉そうだな。俺にそんな態度とってもいいと思っているのか?」
翔太はバカにされたと、さきほどひっこめた傲慢な態度を見せる。
「ええ。むしろ敬意を払う必要を感じませんが」
まったく相手にせずに、淡々と答えた。静かな態度が余計に彼の憤りを表しているように感じる。
「貴様! 近いうちに三島紀念病院は俺のものになるんだぞ。三島はお宅の会社にとっては大切な取引相手のはずだ」
「たしかに三島紀念病院は弊社にとっては大変お世話になっている病院です。いや、それ以上に三島先生には治験にも協力していただいていて我が社にとってはとても大切な病院であります」
「そうだ、だから――」
「それと今、わたしの大切な人に対する無礼な態度は関係ありません。こういうのを……虎の威を借る狐というんですよね?」
きっぱりと言い切る。そんな尊さんに翔太はたじろいだ。
「客をないがしろにするなんて、お前はどうかしてるんじゃないのか?」
「ええ、もちろんそうです。ですが、お客様がすべて神様というわけではありませんから」
ふっと冷笑を浮かべる。なにを言ってもまったくひるまない尊さんを翔太が怒鳴りつけた。
「俺にそんな口をきいたことを、後悔させてやる。覚えてろよ」
そう言い放つと、ひと睨みして会場へと戻っていった。
「しかし、ずいぶん古典的な捨て台詞だな」
背中に怒りをにじませて去っていく翔太を呆然と見つめていると、気の抜けた声が聞こえた。