偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
当時の記憶が脳内に浮かび上がってくる。まさかという思いと、もしかしてという思いが次々にとって代わる。
「まだ看護師になってすぐだった君は、病院の廊下でぶつかったひとり男の腕時計を壊してしまった」
脳内に浮かんでくる光景を、尊さんがそのまま口にする。
「そうです。それで弁償を申し出たんですけどその方が、必死で固辞されてしまい……時計がないと不便だろうからって、わたしの時計をお渡ししました」
そのときには、もう確信に変わっていた。
「あのときの時計が、これだ」
「うそ……ですよね?」
まさかあのときの男性が尊さんだったなんて、今まで微塵も思わなかった。と、いうよりもすっかり記憶の奥の引き出しにしまい込んでいて思い出すこともなかったのだ。
「やっぱり気持ち悪いよな。何年も大切に持っているなんて」
「いえ、そういうことじゃないんです。でもそんな安物の時計どうしてまだもっているんですか?」
まだ看護師になりたてのわたしのナースウォッチは本当に安価なものだ。彼なら立派な腕時計を他にも持っているはずだ。
尊さんは時計を見つめた。
「これが僕の支えだからだよ」
なぜその小さな時計が?
彼はわたしの疑問を晴らすように、ゆっくりと当時の話をし始めた。