偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
ただひとつ、小さなナースウォッチだけを残して。
「探そうと思えば、探し出せたかもしれない。でも綺麗な思い出のまま心に残しておくのもいいかと思ってね」
尊さんは大きな呼吸をして、両手でわたしの手を包んだ。
「祖母が倒れたとき、那夕子がいて驚いた。人違いじゃないかと思って何度も君の顔を盗み見た。その後今の君の状況を聞き、どうしても力になりたくなった。あのとき僕が救われたように、君の力になりたかった。だから祖母の状況を利用して僕の傍にいるように仕向けた。ずるいことをして悪かったと思っている」
悲痛な面持ちで謝罪する彼に、わたしは首を左右に振った。
「謝らないでください。わたしちゃんと尊さんに救われましたから」
彼は十分にしてくれている。感謝こそすれ、謝罪してもらおうなんてこれっぽっちも思っていない。
「最初は確かに、君を救いたいという思いだった。でも、君の傍にいると惹かれていく心を止められなかった。だから今日きちんと話をしてから、君を本当に僕のものにしようと思ったんだ。今の話を聞いて、僕のことをもう一度受け入れてくれる?」
いつもは穏やかで自信にあふれている尊さんの瞳。けれど今はわたしの心の中を探るように、頼りなげな色を浮かべている。
「もう一度受け入れるもなにも、わたしはとっくに尊さんのものです。こんなに好きにさせておいて、今更離れるなんてできません」
思いが伝わるように、丁寧に言葉で伝えた。
それだけでは足りない気がして、彼に握られていた手をほどき首元に抱き着く。
「ずっとわたしの言葉を大切にしてくれていて、ありがとうございます。これから傍にいてもがっかりされないように頑張りますね」
ぎゅっと抱きしめると、尊さんも抱きしめ返してくれた。いや、もっと強い力でわたしを掻き抱いた。
「那夕子、僕はきっと生涯君にがっかりすることなんてないと思う。愛しているんだ。君がとても愛しい」
彼が腕をゆるめて、わたしを引きはがした。そして熱いまなざしでわたしの瞳を射抜く。
ゆっくりと愛しさの籠った眼がわたしに近づいてくる。キスの予感にわたしはそっと目を閉じた。