偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
けれど彼のことばかり考えていられない。わたしは元気よく中村先生に挨拶をして、昨日の片付けと診察の準備を始めた。
中村先生のデスクの上にあるカルテを手に取る。患者名を見て目を見開いた。
【川久保尊】と記載があったからだ。
座っていた中村先生の顔を見ると、彼もわたしが尊さんのカルテを手にしているのに気がついた。
「あれ? なんでそんな驚いた顔。もしかして知らなかった?」
カルテから読み取ると、尊さんは二日前の夜。時間外にクリニックを訪れていたようだ。
「……はい」
先生はわたしと尊さんの関係を全て知っている。元々は(仮)の妻だったけれど、今は恋人関係にあることも。
それなのに、彼が体調を崩しているのを知らないなんて。
落ち込むわたしを勇気づけるように、明るく説明してくれる。
「少し風邪気味だっただけ。疲れがたまっているみたいだったから、点滴して帰した。心配ならカルテ確認して。君なら見ても問題ない」
カルテを見るとたしかに先生の言う通りだった。ほっとしたけれど、そんな状況なのに、わたしに連絡のひとつもくれないことにさみしさを感じる。
いや、ここは怒ってもいいくらいだ。わたしの心配をするくらいなら、自分の体を大切にして欲しい。
「まあ、今夜はゆっくりサービスしてやりな。でも、あんなに焦って仕事している尊を見るのは、初めてかもしれないな。基本的になんでもスマートにこなすいけ好かないやつだから。会社でなにかあったのか?」
「そうみたいですけど……詳しくは」
「まあ、そうだよな。家族でも話ができないこともあるからな」
そこまで話をすると、時計を見てお互い仕事の準備に戻った。
体を動かしながらも考えるのは、尊さんのことだ。
夜、尊さんのマンションに寄ってみよう。戻ってくるのが遅くても顔を見て様子だけでも確認したい。
モヤモヤした気持ちのまま、診療が開始した。