偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
その日は予定通りに仕事を終え、一度川久保邸に戻るつもりだった。
けれどその予定は一本の電話によって狂ってしまう。
翔太から、三島紀念病院の近くにあるホテルのカフェテリアに呼び出されたのだ。
本来ならば会いたくもない人物。断ってしまいたかったけれど、あのパーティのときの捨て台詞が気になって応じてしまった。
中に入るとすぐ目につく席に翔太が座っているのが見える。
無意識に足が止まる。けれどここで帰るわけにはいかない。
わたしは意を決して彼の前に出る。
「座れば?」
翔太は立ったままのわたしに、向かいの椅子をすすめてきた。わたしが座ると同時にやってきた店員にオーダーを済ませると、さっそく彼に今日の目的を尋ねる。
「どうして、こんなところに呼び出したの?」
「おい、まだコーヒーも来てないのにせっかちだな。お前、そんな性格だったっけ?」
翔太は軽薄な笑いを浮かべる。その表情だけでもわたしを不快にするのには十分だった。
わたしはどうしてこんな男と付き合っていたのだろうか。それとも彼と過ごした時間が全て無駄だったと思っているから、こんなに嫌な気持ちになるのだろうか。
どちらにせよ、さっさと話を終わらせたい。
「きっと、あなたの知っているわたしは、本当のわたしじゃないから」
尊さんと一緒に過ごして、愛されて、わかったことがある。片方が一歩的に尽くしたり、愛を込めてもそれは決して〝愛し合う〟ことにはならないのだ。
お互いの愛を通わせてこそ〝愛し合う〟という行為が成立する。
翔太とわたしの間には愛にみせかけた、妥協や見栄、欲望やなりゆき……そんなもので出来ていたように思う。
わたしが今、思い切り大切にされているからこそわかったことだ。