偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~

 昨日までは寒い日が数日続いていたのに今日はとても暖かい。わたしはおばあ様と一緒に広い庭を散歩していた。

 あれこれと話をしながら、ゆっくりと車椅子を押して歩く。

 どこからか、つたないウグイスの鳴き声が聞こえてきて、ふたりで声を出して笑った。

「いつの間にか、春になったのね」

「そうですね。とても気持ちがいいですね」

 手入れの行き届いたバラ園、その先には橋のかかった人工池がある。

「あそこはね、小さなころ尊が二度も落ちたんですよ。一度目は大泣き。二度目は落としたボールを拾って満足そうに笑っていました」

 たしかサッカーが好きだったと言っていた。このあたりで練習をしていたのかもしれない。小さなころのやんちゃな姿を想像して、思わず顔がほころんだ。

「とても素敵なお庭ですね」

 いたるところに思い出がある。それだけ手入れされ、大切にされたということだ。

 しかしそんな庭の一角に、明らかに最近工事された跡があった。

「あちらは、どうかなさったんですか?」

「ああ、あれね……」

 おばあ様の声のトーンが一気に下がった。わたしは尋ねてしまったことを、後悔する。

 わたしってば、少しはよく考えないと……。

「すみません」

「いえ、那夕子さんは知らないでしょうから、気にしないで。あそこには、わたくしがこの家に嫁いできたときに、夫が植えてくれた桜の木があったの。毎年少しずつ大きくなっていってね、春が来るのを心待ちにしていたものよ」

 当時を思い出して、口元を柔らかく綻ばせている。
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