偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「あら、失礼ね」
おばあ様もそうは言っているけれど、顔は笑っていた。
「まあ、中村くんはまずはお嫁さんよりも看護師さんをどうにかしないと。まだ次の人見つからないの?」
もともと中村クリニックには、五十代のベテランの看護師がいた。しかし神戸に住む娘さんが切迫早産で入院をすることになり、孫の面倒を見るために手伝いに行っているらしい。期間は半年ほどの予定。
「期間が決まっているとなると、なかなか難しいんだよ。あれ、え~と」
何かを探している様子なので、これかな……と思い、ボールペンを手渡す。
「ああ、ありがとう……あ、そうだ、君……」
中村先生はまじまじとわたしを見た後、にやっと笑った。尊さんに負けず劣らずのいい男が、悪巧みをする顔は心臓に良くない。
「豊美さん、見つけたわ。この人、俺に貸してくれない?」
「わ、わたしは、ダメですっ!」
ブンブンと手を振って、全力で拒否の意志を伝える。
しかしおばあ様は中村先生の提案に乗り気のようだ。
「あら、どうして? いいじゃない、那夕子さん。せっかく資格を持っているんだし。尊があんなだから、あなたも暇をもて余してるんじゃなくて?」
「いえ、そんなことないです! おばあ様もいらっしゃいますし」
まさかおばあ様まで賛成するとは思わなかった。完全に不利だ。どうやって断ったらいいんだろう。
「月・水・金の午前中にクリニックを手伝ってくれるだけでいい。午後は訪問診療がほとんどだから、俺ひとりでも問題ない」
「こちらも不都合はないわ。わたくしは午前中はいつも部屋で過ごすことが多いですから、午後からはわたくしと今まで通り、過ごしましょう」
「でも……尊さんに聞いてみないと」
そもそもわたしはおばあ様のお傍にいるために雇われているのだ。勝手に中村先生のところで働くなんて決められない。
「あら、尊には事後報告で結構よ。中村くん困ってるみたいだから、那夕子さん助けて差し上げなさい」
にっこりと微笑むおばあ様。笑っているけれど、イエスの返事しか聞いてくれないだろう。
尊さんは、おばあ様似なのかもしれない。なぜだか有無を言わさないような雰囲気を醸し出すのが上手い。
「……わかりました」
結果が見えてしまった以上、無駄に闘わない方が賢い選択だ。
諦めたわたしは、力なくうなずいた。