水性のピリオド.


夏服のシャツの袖から伸びた腕までそのうち染まってしまいそうだ。

今は首筋止まりだけど、たぶんもうすぐ鎖骨辺りも侵食されてしまう。


そんなに照れることかな。

むしろ、こう、何言ってんだこいつ、みたいなこと思わないのかな。


ちょんちょん、と人差し指で肩を突いてやる。

びくっと跳ね上がったけど、まだ顔は上げてくれない。


上履きの色が緑だから、一年生だ。

顔見知りでもないし、ここでバイバイしたら会えるかわからない。

探せば見つかるはずだけど、たぶんわたし、そこまでしない。


「ねえ、名前は?」


未だに呻き声のような奇声を小さくもらしているこの男の子を落ち着かせるかどうにかするのが先だってわかったんだけど、つい先走ってしまった。

だって、いつまでも照れているのは男の子だけで、わたしは何ともないからね。


おそるおそる、といった感じで顔を上げた男の子が口をぱくぱくと開いたり閉じたり。

ちょっとだけ、イラッとした。

だけど、そこはわたしも先輩ですから。

先に名乗ってあげる。

知りたくなかったら忘れてもいいよ。


「嶋田なずな」


「へ、え?」


「わたしの名前。覚えた?」


「しまだ……なずな、さん」


戸惑いながらもきちんと覚えて返してくれた男の子に頷いてみせる。

いい加減、無表情だと居心地が悪いかなと思って、笑顔も添えてみた。

そうしたら、つられてなのか愛想笑いが上手いのかわからないけど、笑い返したくれた。


かっこよくて、かわいい。

この子、きっとモテるんだろうな。


「おれ、春乃っていいます」


「名字?」


「ううん。名字は中津。名前が春乃です」


びっくりした。最初、ちょっとだけ敬語が崩れたから。

で、なんだっけ。

名字がナカツ。で、名前がハルノって言った?


可愛い名前だ。

それを言ったら、怒るかな、もっと照れるかな。


うずうずして、ためしに言ってみようかと思ったんだけど、先に気づいてしまったことがある。


「春の七草、わかる?」


「古歌で、習ったような」


「なずなってあるんだよね」


じゃあ、抜き打ちテスト。

ぜんぶ言ってごらん、とかそんな意地悪はやめておく。


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