寂しさは他で埋めるから
我妻さんが事務所へ戻って行った途端に身体中の力がへなへなと抜けた。
壁にもたれて「こええよおおお……」とこぼすと、いのりがおかしそうに笑う。

「朝日に懐いていないの、まりあくらいだからね」
G fes屈指の目の保養、といのりが言う。

「いや、格好良いのと怖い怖くないは全然関係ないから。なんならあの人がもう少しブサイクだったらここまで怖くなかったかもしれないってレベル」

「なんでよお。朝日普通に優しくない?」

優しくしてもらった覚えが特にないので、私はまた首を傾げてしまう。

何ヶ月も在籍して指名の1本も返せていないのにそれでもクビにならないという点では確かに甘やかされているかもしれない。
けれどそれは別に我妻さんの判断で決まることでもないのだ。

私をスカウトしたのも実際にお店まで連れて来たのも、「G fes」の現店長である長尾さんだった。

この子俺が連れてきたからよろしくねと長尾店長に背中を押されて、私は我妻さんに深々と頭を下げた。
「え、ほっそ。顔おさなっ。こういう子どこで見付けてくるんですか」
そう言う我妻さんに、長尾店長は「まあ、俺だからね」と余裕ある口調で言っていた。

そう自信満々に推されて入ってきたものだからロクに仕事ができなくてもつっ返されることはけしてない。
売れなかったら最悪本番ねと冗談交じりに言われたのは初日の送りの車内だった。
平気ッスよと答えた私に「ダメだよ」と助手席から我妻さんが強めに言っていた。
初日の段階で我妻さんのことはちょっとなあと思っていた。

「何かあの人、口しか笑ってない」

私が言うと、いのりは「目が死んでるってやつ?」と笑う。

そうじゃないのだけれど……。それでも不自然な表情の作りがどうしても不気味に思えて、あの笑顔だけは受け付けない。
それだったら長尾店長の仏頂面の方が数倍安心できる。

「でも、朝日が満面の笑みでもそれはそれで嫌じゃない?」

いのりに言われ、私は「まあね」と頷いた。

人の笑顔で心が荒む。
そう気が付いたのは風俗を始めてからのことだった。

人を羨んだり妬んだりすることはそれまでにも結構あったけれど、それでも笑顔に腹が立つなんて自覚をするには至らなかった。

自分がそこまで追い詰められているなんて思いもしなかった。
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